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チベットショップ奮闘記

自由ヶ丘でチベットに関するグッズを売るお店マニマニを経営する店長とスタッフ達の奮闘記。 日々の出来事、お店の最新情報、旅のエピソード、 チベット周辺に関わる情報交換などなど

'93 カンボジア

昨年秋、上野でムンク展を見た。

私はヨーロッパ放浪中の'91年にオスロの美術館でムンクを見たのだが、
それ以来の再会を果たした作品も多く、懐かしい思いで巡った。

ムンクの風景画をご存知の方は思い出していただきたいのだが、
彼は多くの風景画の中で水面に映る月をこのように表現している。

munch_256[1]


水平線ぎりぎりに登った月明りが、一本の太い棒のように水面に突き出る。

実にストレートで、見ようによっては稚拙でもあるが、
てらいもなく見たままを写し取った感じで、彼の人間臭さに好感が持てた。


オスロでムンクと出会ってから数年後、カンボジアはトンレサップ川の川面に
私は同じ月を見た。

そして、(あー、ムンクは何の脚色もしていなかったのだ・・・・)
と確認することになる。

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~ '93年 カンボジア ~

「スピードボートと普通のボートがあるけどどっちにする?」

「何が違うの?」

「一晩で着くか、まる一日かかるか」

んー、値段は倍違うがその差額とは数百円のこと。
それでもバックパッカーにはちょっと躊躇するところだ。

だがスピードボートなら今夜の便にまだ間に合う。
目が覚めたら朝霧の彼方にアンコールワットが・・・・・

(よし決まり!ケチケチしてると旅にメリハリが無くなる・・ )

自分なりに大人の選択をしたと気をよくした私は
夕方には装備を一通りそろえてまた船着場に戻っていた。

装備というのは、船上で使うハンモックや一晩の水と食料だ。
キャビンはもちろん、大部屋の客室すらない船上で寝るのはハンモックの上。
それはここの常識らしい。みんな持参してくる。
舟に乗ったら真っ先にハンモックを吊って自分の場所を確保しろと
船着場のおじさんに教えられた。

チュバ着て・・


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トレッキング編8

不安的中。
ベースキャンプに着いて一軒目の宿はすでに満杯で、
チョンサンの姿も見えない。
次に向かってみる。

するとなんとも深刻な顔をしたチョンサンが私を出迎えた。
ここも満員だが、残りの一軒もどうせ同じ状況だろうから
ここで何とかしようと。

中に入ると、宿のスタッフとガイド達が
なにやら激しく言い争っている。
争い事の内容はおおよそ察しがつこうというもの。
皆ガイドの面子にかけて、自分のお客に
「ベッドが確保できませんでした」
とは言えないのだろう。何とかしようと必死だ。

ところが我らがチョンサンはといえば、
参戦することもできずにぽつねんとしていたのだ。

無理もない。
ここにはガイドとポーターの身分の違いが
歴然としてあるし、
朴訥としたチョンサンが口八丁のガイド達に
かなうはずがないのだ。

staff


とりあえず私は、自分達4人も今日ここに泊まりたい
という意思表示だけ示して、
あとはロッジを管理するスタッフ達の采配に任せることにした。
まさか雪の中放り出されることもあるまい・・・・

すったもんだの末、キッチンの床、廊下とあらゆるスペースに
芋虫のように転がって、どうにか全員が寝れた。
窮屈だったが程なく泥のような眠りに落ちる・・・・


朝起きてみると小屋の中には薪を焚く芳ばしい香りが充満している。
山に入ってからもう幾度となくかいだこの匂いに
家族の香りのような親しみと愛情を覚える。

不自然な体勢で一夜を持ちこたえた体が軋むが、
目覚めのチャイを求めてブーツをつっかける。


   ************

ここからはあと数時間の行程。
目的地アンナプルナベースキャンプはすぐそこなのだ。

だが高度も4000mを越えようという地点。
一歩一歩がさらに重くなる。
斜面はなだらかに見えるが、前進している実感がない。

yama.jpg


五歩歩いては30秒ほど呼吸を整える。
これを何度繰り返したことか。

ゴールであるベースキャンプの小屋らしきものが
空と斜面の間から見えたときはこみ上げてくるものがあったが、

(まだまだ・・・着いてから・・・)

と、感傷を抑えにもう一人の自分が指令を出す。
感動に咽ぶのはこの足があそこを踏んでからだ!


  ***************

山から下りた私達は、ポカラのレイクサイドのレストランで再会した。
イギリス人姉妹と、ロジャー達一行が顔をそろえている。

全員無事に目的を達成したことを喜び合い、別れを惜しんだ。
この後はまたそれぞれの旅に戻るのだ。

少し感傷的になったのは、やはり共にヒマラヤの懐に抱かれた感動を
分かち合ったからだと思う。

姉妹達より一足早くゴールを踏んだ私は、目の前の
アンナプルナI峰を見上げて言葉を失っていた。
ただただ圧倒されて、呼吸も忘れる程なのだ。
アンナプルナ内院に深く入り込んだ自分をぐるりと360度
山が取り囲むそのスペクタクルに見る間に涙が盛り上がってくる。

しばらくしてゴールしてきた姉妹たちも言葉にならない感動と興奮を
どう処理していいか困ってるような様子だった。
ここまで来てよかったねと、互いに肩を抱き合った。

goal.jpg


誰かがサービスで色をちょっと足したんじゃないかと思うくらい
真っ青な空は目に痛いほどだった。
遥か太古は海の底だったというヒマラヤが、その色を空に
映したのじゃないかと私は思っている。

おわり

    **************










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Happy Losar !

Happy Losar !

2月7日はチベット暦の正月(ロサ)にあたります。

チベットで、そして世界中に散らばるチベット人がそれぞれの地で
この正月を祝うことでしょう。

山のように積み上げたカプセ(小麦粉を練って揚げた菓子)の周りに
色とりどりのキャンディーやドライフルーツを盛り付け、青い麦の穂を供える
お飾りが目に浮かびます。

みんな一張羅を着て、友人や親戚を年賀に訪れ、ご馳走を食べ、
とっておきのチャン(自家製ドブロク)を振る舞い、
マージャンやカードゲームに興じ・・・・
そして三が日の最後の日にはゴンパ(お寺)に参詣します。

私は買い付けに出かけたカトマンズでロサを過ごしたことが数回あります。
カトマンズのチベット人家庭に招かれて体験したロサの楽しい思い出が
様々あるなかで、やはり印象深いのは正月三日目のボダナートでの儀式です。

その時は皆ツァンパという麦焦がしの粉と
サン(魔よけに焚く香草)、そして五色旗を懐に出かけて行くのです。

その日のボダナートはとにかくものすごい人出で目が回るほど。
これから営まれるプジャ(法要)を少しでもいい場所で見ようと
場所取りに必死の人々。

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持参したサンは所定の場所にくべて炊き上げますが、
大勢の人が持ち寄るので山のようになり、もうもうと煙を出します。
とにかくいい香り。

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プジャはホルン、シンバル、ドラといった鳴り物をジャンジャン響かせて
にぎにぎしくも厳粛に始まり、主のいない玉座が恭しく担がれてきます。

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一通りの読経が終るといよいよクライマックス。

皆さん持参した懐のツァンパを取り出して準備します。
そして先導の掛け声に唱和しながらツァンパを空中に放ります。

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”キキラソー” (掛け声はこのように聞こえてますが・・・・)

これが締めくくりで、日本でやるところの一本締めみたいなものでしょうか。
三宝への感謝と一年息災で過ごせるようにとの祈りを込めてパーっと景気よくやります。

私もチベット人の友人とツァンパにまみれて互いを祝福しあったことを
思い出します。

まだまだチベットを取り巻く情勢は楽観視できず、今後の行方が案じられますが、
新たな年を迎えるにあたり、ダライラマ法王のご健勝と
チベットに自由と平和の日々が一日も早く訪れることをお祈りします。

******************

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トレッキング編7

 

< 雪降りの日に浮かれて再開します・・・'94ネパール/トレッキング編 >

いよいよゴールも見えてきた4日目。

標高も3,000メーターを超え、トレックは雪で覆われている。
遥か彼方に見えていたマチャプチャレ峰が目前に迫り、
自分が神々の領域に近付いていることを感じる。

ザクザクと雪を踏みしめる音と
自分の呼吸以外には何も聞こえない。
とにかくやり遂げるのだという思いだけに支配され
一歩、また一歩と歩を進める。

立ち止まって呼吸を整える間隔も
だんだん縮まってくる。
ふと顔を上げると、先ほどまで眼前にあった
マチャプチャレ峰が後方にあることを知る。
いつのまにか通り越していたのだ。

下ばかり向いて歩いていたので気付かなかったが、
振り返ると、自分の歩いてきた斜面を覆うように
雲が流れてゆく。

kumo


<今私は雲の上にいるのだ!>

もう感動と興奮で絶叫したくなる。

だが、目指すは今夜のねぐらとなる
マチャプチャレベースキャンプ。
まだここで喜んでいる場合ではない。

少しでも早く到着してロッジのベッドを押さえないと。
トレッキングの終着点はロッジが少なく、
込み合うことは必定なのだ。

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チョンサンが先に行ってるとはいえ、
まかせっきりでは不安だ。

そして、姉妹達はまだ遥か後方から
ゆっくり登ってくるのだが、
薄暗くなってきた空模様を仰ぐと
そちらも心配になってきた。

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ピエロ・デッラ・フランチェスカへの旅

先日本屋で有吉玉青さんの「恋するフェルメール 36作品への旅」という本を買った。
私は本に対する勘は働く方で、特に好きな作家や興味のあるテーマじゃなくても、本屋で漫然と表紙を眺めていると「あっ、これは読まなくては!」と直感的に思う事がある。
今回もそうだった。
もっとも目立つ場所に置かれてあったので、本屋さんの思う壺にはまったとも言える。

有吉玉青さんは言わずと知れたあの有吉佐和子さんの娘さんで、大分以前「身代わり・・・」という本を読んだ記憶があり、私もフェルメールの名前は知っているし、ルーブルで「レースを編む女」は実物を見たことがある。

今年はあまり本を買わずにすまそう!をモットーにした私は、本屋でこの本を手に取り、パラパラ拾い読みしながら、絶対に面白いと直感したけれど、いや、本は買うまい、しかし・・と結構な時間葛藤した。
図書館でリクエストしようかとも思ったんですけどね・・

表紙の「真珠のイヤリングをした少女」の魅力に負けました。

まだ、全部は読んでいないけれど、やはり買って良かった。
作者のフェルメールに対する純粋な恋心が、すっきりとした文章によってよく伝わってくる。
フェルメールは作品数は少ないけれど、とても評価の高い画家で、作者は全作品を見る為に
あちこちへ赴くのです。 そのいきさつが、決して独りよがりにならない巧みな文章で綴られていて、とても興味深い。

で、思い出したのが私の「ピエロ・デッラ・フランチェスカへの旅」(笑)
10年以上前にイタリアを何度も旅行した時に、私はルネサンス初期の画家ピエロ・デッラ・フランチェスカの絵に魅了された。

で、自分の中の秘かな(?)テーマとしてイタリアを旅行する時に各地のピエロの絵を見て歩いた事がある。ピエロの作品も数は多くなく、作品の大部分は本国イタリアにあるので、私は彼の作品のかなりの数を見ることが出来た。
その他にルーブルにも2作品あり、これも見た。あとはロンドンとボストン等にもある。

最も最大の傑作AREZZOにある「聖十字架伝説」は私が訪れた当時には修復中だったので(1999年に修復は完了している)私は半分しか実物を見ていないのが、何とも悔やまれる。

有吉玉青さんの本によって、ピエロの絵を求めて、イタリアのローカルバスを乗り継いで、小さな村まで出かけた、今よりは情熱も行動力もあった10数年前の私を少し懐かしく思いだした。

有吉さんの情熱を見習い、私もまたいつかアレッツオに「聖十字架伝説」の全てを見に行こう!

いつかね・・・


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