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チベットショップ奮闘記

自由ヶ丘でチベットに関するグッズを売るお店マニマニを経営する店長とスタッフ達の奮闘記。 日々の出来事、お店の最新情報、旅のエピソード、 チベット周辺に関わる情報交換などなど

オカヤンのインド旅行(最終回)

朝というには余りにも暗い午前4時にブッダガヤを発ち、
5時半ごろにガヤから列車に乗り、目的地ハルドワールに着いたのは、
翌日の午前10時過ぎ!
28時間も列車に乗っていたのは、初体験だったよ。
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(デッキから見るインドの朝日は貴重だが28時間も乗っていれば・・)

今回の旅で一箇所ぐらいは初めての地を踏もうと、決意を固めてハルドワールまで来たが、早くもこの時点で後悔の嵐・・・
居心地のいいブッダガヤに居ればよかった。

・・・・心を入れ替えて。

ブッダガヤが仏教徒の聖地なら、ここハルドワールはヒンズー教徒の聖地。
バラナシもヒンズー教の聖地だが、外国人観光客が多いのに比べて、
ここハルドワールは圧倒的にインド人巡礼の数が多い。
上流なので、ガンガーの流れも速く水も綺麗だ。(比較的ね)
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12年に一度クンブメーラという、とてつも無く大きなヒンズー教のお祭りが開かれ、その時は全土から100万人は巡礼が押し寄せるという。

「とてもピースフルだ」という列車で一緒になったコルカタからの一家のお父さんの言葉通り、ガート(川岸・沐浴場)は何ともピースフル。
外国人観光客が少ないせいか、執拗に声を掛けてくる人も少なく、落ち着ける。
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とても物静かなチャイ屋のお兄ちゃん、沈黙が心地よい・・

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サドゥ(インドの行者)やテント暮らしの人がガンガーで体を洗い、洗濯をし、洗濯物干して、お昼ね半分でお店を広げている。何とものんびりした風景。
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(ガートの露天レストランのカレー。焼きたてチャパティが極旨。ここのアチャールが美味しかった。日本の物とは全然別物)

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(珍しくもかっこよい、馬に乗った警官)

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(ガンガーと神様の使い牛、というありがた~いショット)

ガートに座って裸足になって、足だけガンガーに浸していると、
3人のサドゥが傍にきて声を掛けてきた。
お決まりの「どこから来た?」とか話した後に一人が「何か言うインド人がいるかも知れないが、あなたはここに座ってていいんだよ」と言う。
「??座ってていいのね?」と確認した後、暫くしたら背後から声がした。
「are you INDIAN?」
振り向くと比較的若いインド人男性がいた。

私は顔もスタイルも服装もどこからどう見てもインド人には全く見えない。
まさに東洋人観光客以外の何者でも無い。

「ARE YOU INDIAN!?」もう一度言われて気づいた。
その声には怒りが含まれていた。


さっきのサドゥはこの事を言ったのだ。
私は黙って、ガートから立ち去った。
私は異教徒なので聖なるガンガーに触れてはいけなかったのだ。
厳格なヒンズー教徒の中には「穢れ」をとても気にする人がいる事を
私は最近山際さんの本ばかり読んでいるので知っている。

バラナシなら足をつけるどころか、沐浴や泳ぐ外国人も大勢いる。
でも誰もとがめない。


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(沐浴する人々)

毎夜メインガートでは盛大なプジャが催される。
極普通の日のプジャでも外国人にしてみれば、大きなお祭りのようである。バラナシのそれも何度か見ているが、ここハルドワールでは
感激したというより、昼間のことが頭に残り、人々の余りに熱心な様子が少し怖かった。
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私は外国人であることよりも、自分が異教徒であることを強く意識した。

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(プジャに集まる人々の一部)

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門前通り(?)はガンガーと平行に長く伸びている。
どの店も似たり寄ったりだが、お菓子屋さんとアチャール(漬物)屋さんが目立つ所をみると美味しいのだろうな。
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(パコラもとても美味しかったな~、好きなものを選ぶと目の前で2度揚げしてくれるので、アツアツなのだ。なにもつけなくても衣がスパイシーなので旨い!。これははまる)

一泊して次の日の夕方、シャダブディ・エキスプレス(注:全席1等の豪華列車)でデリーに戻り、翌日帰国の途に着いた。
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(写真が悪いので美味しそうに見えないけれど実際はアツアツで提供され、味も中々いいです。飛行機より豪華なサービスが嬉しいシャダブディ)

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やっぱりデリーの街中にも牛は居る。でも少なくなりましたね。


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反省点:判っていたけれど移動時間が多すぎたね。
来年の豊富:ブッダガヤだけに絞る。

おしまい。


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オカヤンのインド旅行10

チベタンテンプル

ブッダガヤにはチベット仏教系のお寺が複数あります。
私が認識しているだけでも、ゲルク派・サキャ派・ネパール寺・シッキム寺・ブータン寺の他に近年は中心から少し離れた所にも大きなお寺が建設されています。

しかし、ブッダガヤで「チベタン テンプル」といえは一般的にゲルク派のお寺を指します。(私の泊まっているお寺ですね)
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お堂は二階です。左側の階段を登ります。

前の記事にも書きましたが、ここには素晴らしいタンカの壁画があります。
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本尊は当然観音菩薩ですね。勿論ダライ・ラマ法王のお写真もあります。
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お堂には砂曼荼羅もあります。これは年に一度ダラムサラから来る僧侶が作成するそうです。
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現在は約15名の僧侶と数名のインド人の使用人の方々がいます。

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多分、この寺の中で最古参の僧TAMDE DORJEE 私の大好きな方です。
彼は亡命者ではありません。21歳の時に独立国チベットからインドへ来て、そのまま半世紀以上。一度もチベットへ帰っていないそうです。
文字通り還る国を失ってしまったのです。
いつも柔和でとても優しい人ですが、東チベット出身なのでカンパです。もう直ぐに80歳に手が届くという今も背が高くがっちりとした体型です。

同じくカンパのお坊さん、朝はこの儀式用の黄色の袈裟をつけます。
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こちらは見慣れた普段の袈裟。右側は「こんにちは」の発音だけ完璧なお坊さんです。
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これは酷暑期の袈裟のまとい方?
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(注・この写真は4年前の4月の撮影です)


このお寺には巨大なマニ車があります。多分直径は3Mぐらいあるのでは?? 現在は修復中で若いチベット人のタンカ師の方がタンカを描いていました。
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お寺では月に2~3回貧しい人々に食事のサービスをするそうです。
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葉っぱのお皿(インドでは良く使われています)に山盛りのライスとダル。お水もだします。食後はお坊さんが大人だけに若干のお金もあげます。この日は5ルピー。でも20ルピーぐらい配る日もあるそうです。
ちゃんと情報が行き渡るのでしょうね。ブッダガヤ中の貧しい人々が大集合でお庭の半分はうまりました。しかし、シーズン中はチベット寺の庭が全て埋め尽くされる程の人が集まるそうです。


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チベット寺の僧侶の方々は毎夕方6:00~6:30にマハボディ寺院の本堂でお経をあげています。(実は最後になって知りました)
6:30~はタイ寺の僧侶の方々がお経を読みます。
この毎夕のチベットとタイの僧侶によるお経はマイクでマハボディ全体に流されます。

私は最後の日に特別にお坊さん方と一緒の席に座り、お経を聞かせてもらいました。
毎朝のチベット寺でのお経とまた趣が違います。
この時のお経は最後の5分がメロディアスで、まるで歌のごとく、とても美しいものでした。マニマニでもお経のCDを扱っていますので、幾つかお経は聞いていますが、今まで聞いたことのない美しいものでした。そしてそれは深く深く私の心に染み込むのでした・・・

私は感謝して、ふかぶかと彼らに頭を下げ、ブッダガヤでの最後の夜となりました。 

合掌

明日は朝3時半!!に起きて、4時に慣れ親しんだチベット寺を発ち、ハルドワールに向かいます。

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オカヤンのインド旅行記9

印度山日本寺

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宗派を超えて建てられたお寺だそうで、やっぱり日本式は和みますね。
ここ日本寺は敷地面積もとても広く、本堂の他に幼稚園・無料診療所・図書館などもあり、地元の福祉に貢献しています。
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現在の駐在僧の方はお若い方でした。日本寺では2~3年で任期満了、交代なさるそうです。
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これは、座禅の前に説明をなさって居る所。
座禅は朝夕2回で、日本人だけでなく欧米人の参加者も結構います。
お経はルビ付きの経本も用意されているので初心者も安心!

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毎夕お世話になりました。お若いけれどとても立派なお経でした。
まだ着任なさって間も無いとのことで、やる気にあふれていました。

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どなたか忘れましたが、名の有る画家の方が書かれた素晴らしい壁画と天井画。
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本当にのどかな雰囲気があふれているお庭。菩提樹の下で昼寝は気持ちいいです。ブーゲンビリアが満開でした。

幼稚園は日本スタイルらしく、教室の壁に生徒の絵やイベントの写真などが張り出されています。秋には運動会も開かれます。

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ちゃんと遊戯具もあります。この時はなぜか大人が遊んでいました。
インドじゃ珍しいですね。

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ブッダガヤにはもう一つ、日本寺がありこちらには大仏がど~んと迫力で見下ろしています。
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オカヤンのインド旅行記8

メインテンプル=マハボディ寺院

いわずと知れたブッダガヤの中心、
お釈迦様が悟りを開かれた場所に建つ寺院。
マハボディ寺院のご本尊の天井には、シャンデリアが輝く。
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世界中から巡礼者・観光客が訪れ、このビハール州にある
小さな村はいつでも人で賑やかだ。
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ブッダガヤに長期滞在して、毎日熱心にお祈りする僧侶や
一般信者もとても多い。

私の隣の部屋の台湾女性サニーも去年の10月からいる。
初めてのインドで最初はあまりの環境の違いに順応出来ず泣いて、来た事を後悔したというが、半年を過ごし、あと数日で帰国するという今は驚くほど元気だ。
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メインテンプルではそんな長期滞在者がいつもお決まりの場所でそれぞれのスタイルでお祈りしている。

正面脇に座り、マンデルでプジャをしているチベット僧はダラムサラから来たという。
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(バナナはおやつか?)


文字通り、毎日早朝から夜まで、殆どメインテンプルでずっ~と五体投地を続けている白人女性と台湾尼僧。一体日に何百回するんだろう・・・
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(ちなみに手前のブルーシートは私の場所)


菩提樹の木の下、マンデルでプジャするチベットのおばあさん
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私も感化されて滞在後半は五体投地してみた。
あちこちに五体投地用の板と座布団がおいてあり、使用していない時はビニールシートが掛かっている。
この時は誰が使ってもいいのだが、終わった後に元に戻しておくのが礼儀。

頭と胸の前で手を合わせ、体を前に投げ出す。
板には膝があたる場所に座布団をあて、手は鍋敷きのような物を使い、
滑り易くする。
幾百、幾千、幾万回の祈りを受け止めてきた板は、ピカピカスベスベツルツルだ。

これがやってみると、かなりの重労働(?)で普段全く鍛えていない私は5分でハアハア、10分で「そろそろ止めようか・・」15分で「限界」だった。(なさけなさすぎ!!!)

よく、毎日毎日毎日続けて何時間も出来るよね! こんなハードなお祈り。

板の上に座り、息を整えている私の額から汗が流れる。
その私の上を菩提樹のこずえを渡る涼しい風が吹き抜ける。

なんて気持ちが良いんだろう。

自然の下ならではの開放感。
充実感、達成感!(たった15分だけど)

それからは毎日続けた。

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現在のお釈迦様が瞑想した場所に立つ菩提樹の木は4代目ぐらいらしい。
マハボディ寺院には、その他にも何本もの菩提樹があるが、
もちろん巡礼者が欲しいのは、聖なる菩提樹の葉っぱ。
不殺生の教えにのっとって、枝についている葉をむしってはいけない。
自然に落ちた葉のみ、持ち帰る事を許されているのだ。
秋には流石に沢山の落ち葉があるようだが、今の時期は少ない。
したがって、ハラハラと僅かの風に葉が舞い落ちる時には、
皆が落ち葉拾いに必死になる。(争ったりは勿論しませんよ!)

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(金剛座と菩提樹)

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これはインド人の少年僧とチベット僧にもらったホーリーリーフ。

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菩提樹の木の下でお祈りする、タイのお坊さん方

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くじら

最近テレビでくじらというお笑い芸人を知った。

「とんねるずのみなさんのおかげでした」の
~細かすぎて伝わらないモノマネ選手権~に出場して
話題になっていたらしい。
見た目はホリエモンによく似ている。

まねする対象がまたぎとか釣り人だったりするので、
普通は黙殺されるか、よく分からないけどなんだか
可笑しい、といった受け方なんだろう。

http://www.tvlife.jp/ow/mv/kuj_03.html

ところが私はごく最近、熊谷達也の「邂逅の森」という作品を読んで
かなり衝撃を受けていたところだった。

またぎの世界を克明に描いた感動巨編で、
3年ほど前に直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した作品である。

当時NKH/BS2の<週刊ブックレビュー>という番組でも
紹介されていて気になっていたのだが、
文庫本が出るまで待っていた。

そしてここ数日、読んで本当によかったと読後の余韻を楽しんでいたところに
くじらの芸が視界に飛び込んできた。

実在のまたぎの名前をだして
だれだれの真似、なんて言ってから
鉄砲で熊撃って、勝負声を上げたり、
勢子が熊を追い詰める時の雄たけびを張り上げたりと迫真だ。

私はもう、読んだばかりの作品の世界に
引き戻されてしまって、大爆笑だった。

またぎの世界にはいろいろな仕来たりがあって、
そのひとつ、勝負声は獲物を仕留めた時に叫ぶのだが
地方によってその掛け声は違う。
作中でも秋田のまたぎは「勝負、勝負!」と叫び、
山形のまたぎは「おてんがら」となる。

そしてその両方をくじらの口を通して聞くことができた時
ちょっと興奮してしまった。
今まで活字で取り込んでいた情報が、
音になって聞こえてきたのだ!

他にも「熊の生息地に看板を立てておけ -俺出没注意- 」だの、
「俺の前では熊が死んだフリをする」だの
笑えるコピーばかりだ。

え~、そんな人はめったにいないと思うが、
くじらの芸をより深く堪能したい人には
「邂逅の森」を読むことをお勧めする。。。。。

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オカヤンのインド旅行7

 ブッダガヤ~こんな日常~

陽も登らぬ早朝、まだ薄暗い5時半過ぎに起床(早っ)
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ささっと身支度して、メインテンプル(マハボディ寺院)へ行き
コルラを3周する。
メインテンプルは早朝のこの時間が最も美しい。

コルラしている間に、陽が登って行くのをみる。
インドの朝日は怖いほどに赤い。

6時半から朝食なので、泊まっているチベット寺へ戻り、質素なチベタンブレッドとバター茶という、インドなのにチベットらしい朝食を頂く。バター茶美味しいけど、少なめ一杯が限度。
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7時~8時、チベット寺の朝の勤行。
坊さん達の読経聞きながら、お堂の隅でひっそりと瞑想の真似事。
お堂の壁は素晴らしいタンカがびっちりと。
坊さん達の読経聞いているとここはまさにチベット。
でも、チベット本土の寺には天井にファンはないよね。(窓もか?)
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8時過ぎには、水や本持って再びメインテンプルへ行き、コルラ、瞑想(の真似)、読書、時には五体投地もするという我ながら感心する熱心さ。
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その後ネットカフェでメールのチェックなどして、
いつものヨーグルトコーナーでラッシー飲んで、
2件隣のカシミール人のショップに昼近くまで居座り、おしゃべりする。
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12時から寺でダル、野菜の炒め煮2種、ライス、時たまデザート付きという判で押したような昼食をいただく。
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(隣の部屋のサニーに貰ったホオヅキ付き、これは豪華バージョンの昼食)

食後は読書などしていると、自然に眠くなって昼寝に突入。

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(おやつの焼きトウモロコシと日本寺図書館から借りた本)

この午後の時間に洗濯やシャワーなどもして、
2日に1回の割合で日本寺の図書館にも行く。
この図書館がまったりとしていて、素敵な時間を過ごせるのでとてもお気に入り。
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3時はティータイム。この時はインディアン・チャイとカプセ(チベットのお菓子)がでる。
時には坊さん達と、言葉が通じないので主に笑顔でコミュニケーションとりながら、楽しくお茶を頂く。

5時から6時は日本寺で座禅タイム。
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しかし、チベット寺の夕飯が5時半からなので、喰いはぐれないように急いで戻り、駆け込み食事。
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(遅刻で伸びすぎたトゥクパは悲しいお味・・・)

6時半過ぎにまたもやメインテンプルでコルラ・瞑想(の真似事など)
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その後はまたまたしても、カシミールショップでおしゃべり。
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(誠実でやさしいカシミール人のショップオーナー)

8時か9時頃にお寺に戻り、読書して就寝。

ほぼ毎日この繰り返しで、11日間はあっという間に過ぎた。

することはあっても、しなければならない事は何一つない。
ストレスの無いゆるやかな日々・・・・

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(毎日がお昼ねモード)

事件も目立った出来事もなし、ただただ穏やかな毎日、
東京の日常よりも緊張感ないです、私。


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オカヤンのインド旅行6

ダラムサラを夕方7時に発って、デリー着が翌朝7時、
同日の午後1時にデリー発の列車に乗り、ガヤ着が翌日の6時、、、
そこからオートリキシャで約30分、ようやく目的地ブッダガヤに着く。

合計1日半掛かっている、大移動である。

オートリキシャがようやくチベット寺の前に着いた。
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ブッダガヤにはいくつかのチベット寺があるが、ここは一番古い寺。
1938年の創建で、メインテンプル(マハボディ寺院)のすぐそばにあり、ゲルク派の寺なので、ダライ・ラマ法王がいらっしゃった時はこの寺に滞在する。
創建当時は宗派の別なく5人の僧侶しか居なかったとのこと。
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でも一般の宿泊施設もあるので、巡礼者や観光客も泊まれるのだ。(有料です)
私は以前もこの寺に泊まった。

守衛さんに部屋を乞うと8番の部屋に案内された。
相変わらず机と椅子と寝台のみという簡素さ。
ドアカーテンが古ぼけてて、それが年月の経過を思わせる。

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さて、私が何よりも真っ先にしたいこと、いや、しなければならない事。

それはシャワーを浴びることである。

2晩続きで車中泊、当然シャワーは浴びれない。
しかも告白すると、私はダラムサラ滞在の3日間シャワーを浴びていない! おまけにデリー→ダラムサラも夜行バスなので風呂抜き。

つ・ま・リ 、合計6日もお風呂に入っていないのだ。

*誤解がない様に言っておきますが、普段の私はちゃんと毎日お風呂に入っています!
これはあくまで旅行時の非常事態だからですよ。*

車中は兎も角、ダラムサラでシャワーを浴びていないのは、
安宿でお湯がチョロチョロしか出ずに、部屋には暖房設備が一切なく、
とても寒い状態で、お風呂に入れば風邪を引くのが必至だったから。
寝るときも、ありったけの衣類を重ね着で、着の身着のまま状態だった。(なさけな~い)

ダラムサラと違い、ここブッダガヤはもうかなり暑いけれど、チベット寺の部屋はお湯の設備がない。(お湯が出る部屋も3部屋ぐらいあるらしいが、私の部屋は出ない) つまり水シャワーになるが、汚れに汚れた身ではそんなことはかまっていられない。

水シャワー浴びました。

ついでに大量の洗濯もして、身も洗濯物も綺麗になって気持ちよい。
他の部屋の住人に習って廊下に派手に洗濯物を干して、
ついでに椅子を廊下にだして寛ぐ、「はあああああああ」ようやく落ち着ついた。

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しばらくはここブッダガヤに滞在して、ノンビリします。

気持ち良く昼寝する犬のように・・・
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オカヤンのインド旅行5

写真を撮らなかったからといって、私の駄文ばかりでは、
まったくつまらないですよね?

約3年以上前ですが、前回のダラムサラ旅行で撮った写真を掲載いたしますね。
殆ど街の様子変わってませんから、これで雰囲気味わってくださいませ。

とても(?)人気のカフェ
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買い食いをするアニ(尼僧)
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マクロードガンジ・メインロード
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ダラムサラの台所野菜市場
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土産物屋の前で立ち話するチュバ姿の女性
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坊さんだって買い物をする
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熱心な祈り・・
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ナムギャル寺
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ルンタレストランの寿司定食
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ルンタハウス外観
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オカヤンのインド旅行記4

ダラムサラ最終日-ティーチング-

この日も朝から激しい雨風で始まった。
昨日のティーチングの最中は比較的雨は小降りですんだが、
今日は雲行きからして一向に止む気配はない。

屋根のある部分はもうスゴイ混雑。私たちはギリギリ屋根のある部分に
座れたが既にギッチリ身動きもままならない状態。
しかし後から後から人が押し寄せる。

「ノ~モア」と言っても、足の置き場もない様な隙間に果敢にも挑戦し、人の足を踏みつけ、倒れそうになると人の頭につかまりながらも
中へ中へと進む人が後を断たない、そして何とか収まってしまう。
一体どれぐらいの密度になっているんだか・・。
文字通りオシクラ饅頭状態。

しかし、果敢に雨の中、傘をさして立ちながら法王様のお話を聞く人も勿論大勢いる。

こんな中でもタパ(僧侶)がお茶を配ってくれるが、さすがのタパも思うように進めない。すると人から人へカップがタパの元に流れ、タパの元からお茶の注がれた熱いカップがまた人から人へ手渡しされ自分の元へ戻るのだ。

午前の部は法王様による灌頂の儀式。
さあ、これを受けたからには私は立派なチベット仏教徒(?)
授けて頂いた法王様に恥じないようにこれからは正しい道を歩まねば!!!

昼休み時間をはさんで午後はまたティーチング再開。
さらに激しくなる風雨。
オシクラ饅頭状態なので、酷い寒さは感じないが、
屋根の無い庭に立っている人たちは、相当寒いはず。

それを心配されてか法王様はかなりのスピードでテキストをこなしているようで、
さすがの通訳のマリアさんも追いつくのに苦労していた。
4時近くに終了。

法王様はあまりに雨が激しいので、本当に目の前に公邸はあるのだけれど、車でのお帰り。
そのお車に向かって一同手を合わせる。
70歳を過ぎている法王様にとってこの約10日間に渡るティーチングは体力的に負担になっているはず。
でも、とても精力的に、そして楽しそうにこなされる法王様に頭が下がる。

************************

さて私は本日の夕方6時のバスでダラムサラを発ち、デリーに向かわねばならないので、マリアさんにお礼を言い、他の皆さんにさよならを言って、取り合えずルンラレストランに向かった。

10日の法王様との集合写真は各国の代表がデータの入った1枚のCDを受け取り、あとはそれぞれが自分の国の代表者からなんらかの方法で写真を受け取ることになっている。

日本人はルンタハウスに自分の連絡先を伝えておけば、後日送付して下さることになっている。
やはり何かとダラムサラにいる日本人の拠り所になっているルンタハウスだ。

ルンタの直子さんに私のメルアドを渡して、写真データの送付をお願いし、ついでに早めの夕飯にウドンを食べ、おやつにクリームパンも買った。

ルンタレストランでは美味しい日本食を食べることが出来るので、
日本人だけでなく、チベット人、欧米人等にも大変好評でいつも賑やかだ。

宿に寄り荷物をピックアップしてバス停に向かう。
また、約11時間かけての夜行バスに乗らなければならない。
そしてデリーには一泊もせずに、着いた日の午後1時に今度は列車に乗り約15時間かけて今回の一番の目的地であるブッダガヤに行く予定である。(デリーで時間を無駄にはしたくない)

もう若くもないのにこのキツイスケジュールをたてた私!!

ダラムサラの出発を3日間同じ部屋に泊まったナオさんと、ティーチングを一緒に聞いた日本人男性が見送ってくれた。

とても短い滞在だけど、忘れられない思い出の出来たダラムサラ。
一旅行者にとっては居心地の良い、何度も戻って来たい街だけど、
ここに住む、住まなければならないチベットの人々はどうなんだろ。
同じ年代でも、亡命2世と本土から亡命してきたばかりの人では、
考え方や感じ方は大きく違うだろう。
結構温度差があるとも聞く・・・

ただ、やっぱりチベット好きとしては、願わずにいらねれない。

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オカヤンのインド旅行記3

3月11日~ティーチング~


ダライ・ラマ法王様は毎年ダラムサラにおいてこの時期にティーチングをなさる。

マリアさんはティーチングの期間ラジオの短波で周囲の日本人に向けて、法王様のお言葉を日本語に通訳してくださっている。

これは大変なことである。
語学まるっきりダメの私でも、同時通訳というものがいかに極度の緊張をしいられる過酷な仕事か知っている。
それを一般参加者と同じにお寺の庭に、すし詰めに地面に直に座って、数名の日本人の為にボランティアでしてくれる(とうか実行さなっている)のだ!!
それをサラリとなさる。頭が下がる思いである。

このようなボランティア通訳はそれぞれの国にいて、それぞれの国の人が自分の国の言葉で聞けるらしい。

ティーチングには大変な数の人が集まる。
皆がこの為に世界中から、ここダラムサラに集まる。
ダライ・ラマ法王のお話を聞く為に!

チベット人の僧侶・一般人の他に外国人。
僧侶はお寺の中、一般人は庭である、一部に屋根はあるが、大部分は露天なので、雨が降ると結構厳しい。
皆座布団やそれに代わるもの持参である。(それでないと、尻がもたない)

ここに入場する為にはIDカードが必要で、カメラ持参禁止、金属探知ゲートをくぐり、かなり真剣なボティチェックと持ち物チェックを受けねばならない。
(IDカードは事前にも作れるが、その場でも写真2枚と5ルピーで直ぐに作成してもらえる)

まず僧侶の読経から始まる。
タパ(若い僧侶)が朝食としてパンやバター茶を配ってくれる。なので慣れた人はカップ持参である。
しばらくすると法王様が入場なさる。この時は一同手を合わせて、頭を低くしてお出迎えする。
法王様のお声はマイクを通してよく聞こえるが、お姿は見えない。
いつもの通り張りのあるお声で、時折笑い声が混じる。
この日は特に「慈悲の実践」という事を強調なさっていた。

12時頃に一旦休憩してお昼となる。
お弁当を持参している者もいるけど、お寺の外に食べに行く人も多い。
私はレストランで食べるか、街頭で売っているモモなどを買って食べることになる。
この昼飯時と終了時のお寺の入り口の混み様といったら、新宿駅も真っ青である。その群集の大半がエンジの衣の僧侶である事が、新宿駅との大きな違いだが。

1時頃に午後の部が再開し、3時半頃に終了が一日のスケジュールである。午後にもタパがお茶を配ってくれるし、どこからとも無くオヤツも回ってきたりする。


この日のお話で、明日は灌頂の儀式を行うので、今日は肉・魚・ニンニク・たまねぎは食べないように、というお話があった。

肉を食べないのは何の問題もないです。

・・・と、いう事は私は法王様の灌頂も受けれるのですか?

昨日に引き続き、自分の幸運が恐ろしいほどである。

ダラムサラ3泊だけの予定でこの中味の濃さ。(感涙)

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オカヤンのインド旅行記2

そしてバスは走り、ダラムサラはマクロードガンジへ到着。

宿確保に出遅れた私だが、先にホテルを確保したナオさんが、ダブルルームなのでシェアさせてくれるというので、一安心。
このホテルは本道から外れ、急な道なき道のような所をしばし下った所にある。辛うじて石段はあるものの、それも途中までで滑りやすくて危ない道である。
以後、筋力の無い私はこの道を登る度にゼーハーゼーハとなる。

しかし、ダラムサラの大部分の家がこのような状況に建っているのだ。
街自体も山にへばりつくようにして出来ている。
3年前より道路状況はいささか良くなっているとはいえ、それでも日本の生活と比べたら、ここでの生活がどんなに厳しいか、想像するのは難しくない。

夕飯を食べにナオさんとルンタハウスに行く。
そこでレストランの直子さんから、明日、日本人は特別に法王様の謁見を受けれるらしい!という情報を頂く。

えっ、本当ですか!?

3月10日
この記念すべき日は、前夜からの激しい雨で始まった。
以後、私が滞在した3日間はずっと雨だった・・・(寒い)

法王様の謁見は11時からという事だったが、早めに公邸のある場所に行く。 公邸の前はお寺(ツクラカン)で、この日はチベット民族蜂起記念日のなので既に大勢の人で庭は埋め尽くされ、インド政府・亡命政府の要人のスピーチに続き、法王様のスピーチもあり、皆が傾聴していた。雨の中を傘を差して、耳を傾ける大勢のチベット人の熱い思いを感じずにはいられない。
集会の最後は女性の声を先導にシュプレヒコールで終わった。
フリーチベット
  フリーチベット

ストップ! キル
 ストップ! キル

その声に否応なく、去年秋のナンパ・ラでの悲劇に思いを馳せたのは、私だけではないだろう・・・

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散会していく人々と別に、アジア人だけが集まってくる。
どうやら日本人だけでなく、アジア人皆が法王様と謁見できるようである。
一番数を集める韓国、そして台湾、マレーシ、フィリピン、ベトナムetc。
日本人は総勢31名。法王様来日時には通訳を務めるマリアさん、ルンタの直子さんとお嬢さん達、タンカ師の馬場崎さんなどのチベット達人の方々もいらっしゃった。

以後アリアさんが日本人グループを仕切ってくださり、一同公邸の中へ。今回は特別に公邸の中のお堂で謁見して下さり、国単位で法皇様と集合写真も撮って下さるという、夢の様なお話。

国単位で整然と待つ中へ、やがて法王様がいらっしゃった。
いつもと変わらぬ包容力、暖かい笑顔。
お言葉を頂いて、それをマリアさんの通訳で聞いていて、思わず感激で涙が出てしまった。
おまけに一緒に写真も撮って頂いて、こんなにラッキーでいいものだろうか? ナオさんは感激で泣いていた。
一人ひとり記念に釈迦如来と賢人のタンカ(印刷)も頂き一同退室。

ああ、もうこれだけでダラムサラ満足。

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注*ティーチングも法王様謁見もカメラ持参は禁止、当然セキュリティはかなり厳しいです。(公邸に入る時は全ての持ち物を預けます)なので、私はダラムサラでは殆どカメラを持ち歩かなかったので、写真は一枚しかありません。

テーチング終了後のツクラカン(着いた初日、唯一晴れていた日)
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トレッキング編6 ~ ザ・サイクリスト ロジャー ~

歩くにつれ、他のトレッカー達の顔ぶれにも
だんだんと馴染んでくる。

狭い山道を互いに前後しながら
大体同じようなペースで登ってるので、

<あ、夕べのロッジで一緒だった人たちだ> とか、
<昨日もうちらの前歩いてたよな~>
という具合に顔見知りができてくる。

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そのなかにイギリス人の男性3人組がいて、
私たちとは初日の歩き始めから互いに見知っていた。

一人旅同士が意気投合して、
トレッキングを共にすることになったとか。

初めは、大の男が私たちと同じような
ペースで歩いているのを不審に思ったのだが、
しばらくしてあることに気が付いた。
その中のロジャーという青年が足に障がいがあり、
歩くのがかなりゆっくりなのだ。

他の二人はマイペースで歩き、
ちょっと先の茶屋で地元の子供をからかったり、
写真を撮ったりしながら
ロジャーが追いつくのを待つということを
繰り返している。

その光景はあまりにさりげなく自然で、
爽やかだった。

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ただにぎやかな若者達だと思っていたのだが、
そうと知ってからは急に好感度UP。

ところが彼らと話をしてみてさらに驚いたのだが、
ロジャーはイギリスから自分の自転車を持参して
旅行していたのだ。

インドを半分くらい周り終えてネパールに入り
トレッキングを終えた後は残りのインド半周を
周る予定だと。。。。自転車で。。。。

もー、あいた口が塞がらなかった。
だから真っ黒に日焼けしてたんだー。
(あんぐり)

ところが、彼の旅はそれだけに留まらなかった。

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私はこのトレッキングを終えたら
陸路でチベットに行く予定だと彼に話した。
そのための中国ビザも取得してきたのだと。

すると彼はかなり興奮して、
自分も自転車でチベットを目指したいと言い出す。

予定通り残りのインドを周って、デリーで中国ビザを取得して来ると。

ビザさえあれば可能だろうが、
ヒマラヤを自転車で越えてゆくなんて~~~~~。

私は止めようとしたが、彼は自信たっぷりの笑顔で
<何とかなるよ>などと言っていた。

結局かれは数ヵ月後その超人的な計画を遂行した。

何故私がそれを知りえたかというと、
彼とばったり再会したのだ、
チベットの街道沿いの小さな食堂で。

私はネパールに戻る帰り道。
彼はラサに向かう途中。
なんという奇遇。 
互いの無事と再会を喜びあい、
ビールで乾杯した。

あ~~~~、超人ロジャー。
今日も地球のどこかを走ってるのか~~~~。

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さくらん

先々週のことですが、レディースデイということもあって
女性でいっぱいのホール。

最近邦画の隆盛に相まって
時代劇もブームとか。

<さくらん>は、トレイラーを見たとき
うわー、女の子パワー炸裂だー、と圧倒され
見ることに決めた。

蜷川実花監督の耽美的映像美満載。
(漢字ばっかりだ!)

和ものゴシックの極みとでもいうか、
衣装やセットが凝りに凝ってる。
それに、土屋アンナがめちゃくちゃかわいぃ~。

あまり筋書きを書きたててもなんだけど、
最後のシーンを見てちょっとだぶった光景がある。

それは、藤沢周平の小説「海鳴り」だ。

商家の女将と同業の男性。
共に家庭のある二人が道ならぬ恋の果て、
手に手を取り合って駆け落ちするところで終る
世話物の名作。

<さくらん>とは違って、
全編しっとりとした風情の物語だが、
2作品に共通するのはラストシーン。
自由になった二人に微かにだが希望の光が差すということ。

たとえ一瞬でも、自由を手に入れた喜びの中で
果てるのであればそれは本望というもの。
私はそう解釈したけれど・・・・

<さくらん>では金魚の映像が随所に
ちりばめられている。
花魁を象徴して、かごの鳥ならぬビードロ鉢の金魚。
美しい金魚も川に放つと三代で鮒になってしまうとか。
さてどちらが幸せかは意見も分かれるところでしょうが・・・・

チベットの八吉祥シンボルにもある魚。
そういえば<束縛からの解放>を意味するのだったなぁ・・・

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オカヤンのインド旅行記

お久しぶりです。オカヤンです。

先週無事にインドより戻ってまいりました。
丁度、東京は桜が満開でした。
やはり日本人は‘さくら”ですね。

暫くの間はブログで旅行の模様をご報告いたしますので、
お付き合いくださいね。
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 東京~デリー~ダラムサラ

ほぼ定刻通りにエアインディアはデリーのインディラ空港に到着。
インドを旅するフリー旅行者の場合、最大の難関はまずこのデリー空港からいかに安全に市内に出れるか!とう事です。
ガイドブックにも書いてありますが、ここでのトラブルは非常に多いです。

しかし、私の場合は友人のインド人夫(サージャン)が旅行会社を経営しているので、彼に出迎えと宿の予約をお願いしてあるので、何の問題もなく旅行者の溜まり場、パハルガンジ・メインバザールへ到着。
夜の10時直ぎになっていたが、宿にチェックイン後に本の少し近所をブラブラしてみる。
さすがに人気は少ないが3年前と変わらない風景にすんなり溶け込める自分がいた。

ああ、相変わらず汚い路だこと・・・

デリーのメインバザール:バックパッカーの溜まり場
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懐かしいと思いながらも、やっぱり大都会は苦手な私。
予定通りデリーはさっさと離れて、到着の次の日の夕方には最初の目的地ダラムサラへ出発することにする。
ダラムサラ、、言わずと知れたチベット人の本拠地、ダライ・ラマ法王のお住まいのある所ですね。
3月10日の平和蜂起記念日をここで過ごそう、というのが私の今回の旅行の目的の一つ。

標高1500mにあるダラムサラには列車は通っていない。
が、デリーからはダイレクトバスが通っていて、約11時間で着く。
デラックス寝台バスを私の為に予約してくれていたサージャンに感謝。
これで夕方出発すれば、寝ている間にあっという間に朝にはダラムサラに着いているはず、なんて楽になったんでしょう!!

意気揚々とバス乗り場に行ったが、そこはインド。
日本並みのデラックス寝台バスを予想した私は、そこで無理やりに普通の観光バスの上部に寝台席を取り付けたようなバスを見る。
そして追い討ちを掛けるように車掌が私に指示したのは、普通の椅子席でした。
天井に寝台席が設けられている分、椅子席の上部空間は狭くなり圧迫感があり、実によろしくない。
実は料金もサージャンが払ってくれて、切符を持っていなかった私は文句も言えずに、大人しく従ったのです。(涙)

ま、兎に角たどりつけば良し、という事で一路出発。
バスには他に2名日本人も乗っていたので、途中休憩所などで、情報交換をする。
お一人は男性で、チベットに興味があるわけではなく、ダラムサラで日本人主催の瞑想教室のようなものがあるそうで、そこのコースに参加する為に行くという。
もう一人は若い女性(ナオさん)で、ダラムサラ3度目(私もですが)で英語も達者で、以前は1ケ月も滞在していたので、現地情報に詳しくチベット人のお友達もいるとの事。

ナオさんによると、丁度ダライ・ラマによるティーチングの最中かも知れないという。
そうなったら当然ホテルを確保するのはとても難しいことになる。
いざとなっら、ロウアーダラムサラかバグスに宿を取るしかないね~
と話しながらも、バスは走る。

続く・・・


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トレッキング編5 ~ バスタオル ~

歩き出して二日目の夜。
宿泊したのはチョモロン村。
このルートでは電気の通ってる最後の村だ。
そしてガイドブックによると、
ホットシャワーの浴びれる最後の村でもある。

もっとも、トレッカーのチェックインが集中する夕方は
シャワーも込み合って、ソーラーパワー頼りの
シャワーはちっともホットじゃない。
まあ、そんなことは予想の範囲内。

それよりも私を驚かせたのは
英国姉妹の荷物の多さだ。

彼女達自身も、背負ってきた荷物が
自分達の体力に不相応な大きさであることに
気がつき始めたようだ。

高度が上がるにつれて、酸素が薄くなり
ちょっとしたことが地上で体験する何倍もの
負担になるのは当然なのだが。。。。

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夕食前シャワーを終えた彼女達が
優雅に髪をふきながらダイニングルームに入ってきたのだが、
それはまるで高級ホテルに備え付けられてるような
立派なバスタオルだった。

「何、それわざわざ持ってきたの!?」

「ええ、ちょっと大きすぎたかしら・・・・」

もちろん一人一枚ずつ持ってる。

その割には着替えは持ってないようで、
湯上り後も例のワンピース姿だ。
なんかバランス悪い・・・・・

 *************

夕食の席がちょっとしたミーティングになった。

二人は、コースが予想以上にきつく
このまま目的地まで歩く自信がないと言い出す。

そしてこの村ではポーターを雇い入れることが
できるらしいと・・・・

確かにあの荷物の量では無理だろうなと私も感じてた。
それじゃあと宿のスタッフに口をきいてもらうことに。

しばらく待つと一人の青年がやって来る。
背は小柄だが、がっしりした体躯の
丈夫そうな若者だ。
そして無口なところがいかにも山の民といった印象。

ガイドに関してはルックスにこだわった姉妹達も
今回はすんなり実を取ったようだ。

「 ヨロシクお願いね 」

と握手を求め、チョンサンという名の
おどおどした青年の手を握った。


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  ***********

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トレッキング編4  ~ 山小屋のメニュー ~

ヒマラヤトレッキングは、山間の村々に宿泊しながら登ってゆく。
家族経営の茶屋やロッジが点々とあるので
その日の気分や体調に合わせていつでも気軽に宿をとれるのが助かる。
30分から一時間歩けば必ず茶屋の一軒はあるのだ。


どこも宿泊料はただ同然なので、食事でお金を落とすのが基本。
メニューも似たり寄ったりだが、料理のセンスはかなりの格差がある。
なので、食事の美味しいところは自然と口コミで広がる。
予約なんてシステムはないので早い者勝ち。

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一日がんばって歩いた自分に何よりのご褒美は
冷たいビールと美味しい夕食。
もっとも冷蔵庫のない山のロッジではビールも室温。
 
でも、夕焼けに染まるヒマラヤを目の前に
焼きたてのピザをほおばるのは至福の時。。。。

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ただ、いうまでもなく、初めて泊まる宿で
ピザなんか注文するのはそうとうなギャンブルで、
たいがいは焼きそばやチャーハンなどの安全策でゆく。
インスタントラーメンも手堅いが、これは昼食に
よく食べるので、夜はなるべく避ける。

地元の人はネパールの定番食ダルバート(*1)を
必ず毎日食べる。
これは山の人々に限らずどこでもそうなのだが、
よく飽きないなーと不思議に思っていた。

だけどこの時は私はまだまだダルバートの
奥深さを知らなかったのだと、今では後悔する。

天然のヒマラヤの雪解け水と薪で炊いたご飯、
採れたて野菜のシンプルなカレーや
家庭でつけた漬物は最高のご馳走なのだ。

そして、このあたりに暮らすタカリー族という山の民族は
ネパール人の間でも、ダルバートを作らせたら
一番うまいといわれる人たちだったのだ。。。
(後で知ってそうとう落ち込んだ私・・・)

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朝食は何といってもチベタンブレッド!
実際にチベットで食べたものとは大分違って、
ここではこねた小麦粉を平たく延べてから
からっと油で揚げる。
これに蜂蜜をだーっとかけてもらって、
熱いチャイ(*2)とともにいただく。

そうすると体のすみずみまでエネルギーが漲って、
「よーし、今日も歩いちゃうぞー」

と、気合が入る。 

(低血圧なので朝甘いものが欲しいだけ・・・)

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   ******************

(*1)ダルバート

ご飯、豆のスープ、カレー、漬物が一枚のプレートに供され、
それらをグチャグチャと手で混ぜながらいただく。
ネパール人の食事といえば毎日このスタイルで、
彼らは一日に2食はこれを食べる。

(*2)

チャイはインド語で、ネパール語ではチャという。
ご存知、甘~いミルクティーです。  


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