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チベットショップ奮闘記

自由ヶ丘でチベットに関するグッズを売るお店マニマニを経営する店長とスタッフ達の奮闘記。 日々の出来事、お店の最新情報、旅のエピソード、 チベット周辺に関わる情報交換などなど

最近のお気に入り

私オカヤンが最近はまっているもの・・・それはこれ、
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ローストアーモンドです。

先月友人宅に行ったおり、お茶菓子にだされたんです。
そして友人曰く、アーモンドは体にとても良く、1日20粒(ここ適当です、はっきり覚えてません)ぐらい食べてもいいのよ、と。

ふ~ん、そういやアーモンドと小魚が一緒に入ったおつまみも売られているしね。
ポリポリ、 ポリポリ うん、久々に食べたけど美味しいね。

で、アーモンドとどうせならカルシウムも摂取しようと、食べる煮干も一緒に買いました。
そしたらこれが止まらない。
一袋120gのアーモンドをほほ3-4日で完食のペースで食べ続けています。 煮干もね。 私は一旦気に入ると、ずっ~と続ける傾向があります。

そして、どんなに頑張っても若いとは全く言えない年齢なので、アーモンド山のように食べてもニキビなど全然出来ません。
喜んでいいのか?

昨日アマゾンで本を3冊購入しました。
1冊は山際素男さんの著書で、あと2冊は訳をされています。
山際素男さんは、ダライ・ラマ14世の自伝の翻訳もなさった方です。
先日山際さんの「不可触民-もう一つのインド」を読んで、非常に感銘を受けたので購入してみました。


アーモンド食べながら読みます。(食べながら読むには、重い内容か?)


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オカヤンのインド旅行(準備編)2

来月初めにはインドへ3年ぶりに旅立つので、わくわくのオカヤンです。

航空券・ビザの手配が済んだら、次はお金の心配でしょうか?

さて最近は特に経済面での情報あふれるインドですので、その通貨単位は皆様ご存知の事と思いますが、ルピーです。
殆どインフレの無いインドはかなり前から(私が初めてインドへ行った10年前から)1ルピー=2.5~7円程度です。
補助単位はパイサ。 でも現在は旅行者はパイサはあまり手にする機会はないと思います。
旅行者が使う範囲では、あまり1ルピー以下の単位は使用しません。


日本国内において円からルピーへの交換は無理だと思います。(徹底的に調べたわけではありません)
インドについてから空港などで両替するのが一般的です。
日本に比べて物価の安いインドでは、数万円両替しただけでかなりのルピーが渡されます。また高額紙幣は使いづらいために(5ルピーのチャイに100ルピーだしてもお釣りが無いと言うことがよくあります)小額紙幣で渡して貰うと、結構な厚みの札束になり、普段札束を持ち慣れない身はビビリます。

所で日本では札束は紙のテープ(帯封)で束ねられていますが、インドでは豪快にホチキス留めしてあります。新札の束でもそうです。
なので良くお札に穴があいています。
いえ、穴だけではなくお札自体が汚れてボロボロな事が非常によくあります。日本のようにボロボロ紙幣が殆どないというのは珍しいのではないでしょうか?
もしも、両替時や釣銭を貰う時に、とてつもないボロ紙幣があったら、綺麗なお札と換えてくれるように要求しましょう。
そうでないと、実際に使う時に誰も受け取って貰えずに、結局損をする事になるのです。

以前は米国ドルの両替率が一番良いという事と、安全の為にアメックスのUSドル立てトラベラーズチェックを持って行きましたが、今回は両替の手間も面倒ですし、円→USドル→インドルピーと交換する手数料もバカにならないので、円をそのまま持っていくつもりです。
念のために予算より少し多めに持って行き、後はいざという時の為のクレジットカード1枚です。

そして貴重品は身につけ、肌身離さないが基本ですね。
(私は過去に旅先で2度も盗難にあって、泣いた経験があります・・・)


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世界最速のインディアン

イワノッチです。
久しぶりに劇場で映画をみました。

ネットでチェックしてたら、
私のアンテナがキャッチしたのはこれ。

<世界最速のインディアン>
http://www.sonypictures.jp/movies/theworldsfastestindian/

アンソニー・ポプキンス主演のロードムービー。
63歳にして、生涯をかけた夢に挑戦する男の物語。

世界最速を賭けたスピード測定会に挑むべく
ニュージーランドの田舎町から
アメリカはユタ州ボンヌビルの塩平原を目指す。
実話だそうだ。

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宣伝も見たことなかったし、
タイトルからもイメージがさっぱりわかなかった。
だけど数分の予告編を見た瞬間に心を奪われてしまった。
そしてこの映画は期待を全く裏切らないどころか、
予想以上に素晴らしかった!

<心は18歳のままだ>と言ってのける
永遠のバイク少年と、
彼を取り巻く友人、隣人、恋人、ライバル、旅で出会う人々が
素適でかっこいい!

実は私自身10年以上も前のことだが、
ニュージーランドをバイクで旅した経験がある。
それなので、はじめはこの映画にニュージーランドの美しい風景や
人懐っこくて暖かいキウィのヒューマンドラマ
といったものを想像していた。
映像を通して過去の旅にタイムトリップできるかなー、なんて。。。

ところがどっこい! 
ガツンとやられました。教えられました。
いつまでも思い出に浸って満足してる場合じゃない、と。

<ロードに出ろ!>という声がどこからか聞こえる・・・・

私もそろそろ、<Hit The Road!>と行きたいです。。。
オカヤン、早く帰ってきてね~~~。

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オカヤンのインド旅行(準備編)

さて、いきなりですが私オカヤンは3月にお休みを頂いてインド・ネパールへ旅行に行ってきます。
長期のお休み取得を許してくれた店長に多謝!
(お土産買ってきま~す)

3年振りのインドです。
この数年で大きく経済成長を遂げたインド。
本屋さんでも経済コーナーでインドの文字を多く目にするようになってきましたね。

3年前は工事中だったデリーの地下鉄も今は開通して久しいようですね。
ボロで有名だった(?)長距離バスも今や日本と変わらないデラックスバスが走っているそうです。

変貌するインドを見ることになるのでしょうか?

航空券は既に押さえました。
早め早めに行動しないとこの時期は良い条件の航空券は手に入りません。
学生さんが多いこの時期は、安い航空券は直ぐに無くなってしまうし、
それに安いのは運行スケジュールが厳しいので(深夜にトランジットが必要とか)無理はせずにエア・インディアにしました。
行きはタイでトランジットがありますが、同日にデリーに着きます。

昨日九段のインド大使館に行きビザの申請をして、本日受け取ってきました。
お堀の目の前にあるインド大使館。
当然いくら暖冬だといえ、桜は咲いていませんが、立派な桜並木を見るとインドに行くんだな~と嬉しくなりますね。

過去にもこの時期に行ったことがありますので、申請者が多いのには驚きませんが、やはり多いですね。
インドのビザ申請は9:00から~11時の間が受付時間です。
私は11時10分前に入ったのですが、その時点で50人待ちでした。
それでも1時間ぐらいで受付してもらえました。
この時期は大使館員総出で対処にあたっている模様・・・?

必要なものはパスポートと写真2枚と査証代1200円、備え付けの用紙に記入して受付を済ませれば、最短同日の午後5時には発行されます。
(スピーディです、サービス良いです。さすがです。インド大使館)
午後5時まで九段で待つのが嫌だったので、今日改めて出直して受け取ってきました。

ネパールビザは現地の空港や国境で簡単に取れるので日本ではとりません。

ビザも無事に取得し、古いガイドブックを掘り起こし、眺めているとワクワクいたします。

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ミヤンマー’94 -ちょっと余談-

そして話は94年のミヤンマーに戻るのだが、
それはバガンでのこと。

ここは広大なエリアに仏教遺跡が無数に点在する。
形や大きさも様々で、中にはピラミッド状に建築されていて
登ってゆくことができるものもある。


ぶらぶら散策していた私は、地元の大学生3人連れと出会う。
「どこから来たの?」 
「どのくらい旅してるの?」

当たり障りのない会話だったが、
彼らはどことなく知的で感じがいい。 

だんだん打ち解けてくると、
私を仏塔の頂上に案内してくれるという。
美しい夕日が見れるのだと。

果たして頂上からの眺めは本当に素晴らしかった。
さっきまで立ち話をしていた地上が遥か下に。
手すりもない急な石段をこんなに登ってきたのだ。
そして見渡す限りの赤い土とストゥーパ。
その景色はどこか現実離れしていた。。。。

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私たちは石段から足を投げ出す格好で
並んで座った。 
足下には地上までの長い空間があるだけ。

「きれいだね~、真っ赤だよ~」

「太陽があんなに大きい」

口々にそんなことを言い合った後、突然耳に入った言葉。

「僕のおじいさんは日本兵に殺されたんだ」

「・・・・・・・!?」


唐突すぎて面食らった。
なんで突然そんなことを言い出したのか。

次の瞬間あっ、と心の中で叫んでしまったが
それは声にはならなかった。
恐怖に体がこわばった。

<なんでこのタイミングで言うのよ、崖っぷちに座ってるときに!>

私は彼の意図をつかみきれず、
でも何か反応を見せなくては、と動揺してしまった。

最初から私に殺意をもって(おじいさんの恨みをはらすべく)
この場所へ誘ったのか?
背中を一突きされればおしまいだ。
心臓は早鐘を打ちはじめる。

「 ソーリー。。。 」 

まずはお悔やみをと思って口からでたのだが、
彼はそのニュアンスをつかみきれずにこういった。

「君が謝ることはないよ、個人的に誰を恨む問題でもないんだ」

すると別の一人が口を開く。

「でも、戦争の歴史を日本の若者にも知っていてもらいたいんだ」

その時何故か私の頭に、「ビルマの竪琴」の水島の顔がよぎったのだ。
<知ってるよ。 映画で見たよ! >

でも映画を見たあの時、ビルマ人の苦しみにまでは
思いが至らなかったのは事実だった。
激しい戦時下でこの国は焦土と化したのだ。

私は返す言葉もなくなり、下を向いてしまった。
浮かれ気分で旅してることや、
自分の不勉強が恥ずかしかった。

学生さん



彼らはその後あっさりと立ち上がり、
暗くなると危ないから、といって
私を促して岐路についた。 

別れ際には握手をして、笑顔で路地を曲がっていった。

    **************

先日ラジオを聴いていたら、
渋谷の映画館でのエピソードにこんな話が。

「硫黄島からの手紙」には思いのほか若者が
たくさん観にきていた。
普段はセンター街でたむろしているような
見るからに今時のカップル。
彼女の方はコートもブーツも、
髪の毛までピンクだったそう。

そして劇場から出てきたそのカップルの会話。

  
彼女:(涙で声を詰まらせながら)
   「戦争って・・・・・・マジやべえ」

彼氏:「おめぇ、ただやべえんじゃねーよ。げろやべぇよ」

    ************

彼らにもクリント・イーストウッド監督のメッセージは届いたらしい。

世界に平和あれ。

子供達と

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ミヤンマー’94 - ちょっと余談 -

ミヤンマー94(ちょっと余談・・・)

正直いってミヤンマーより、ビルマと呼ぶ方がしっくりする。

子供の頃に家族で見に行った映画「ビルマの竪琴」が
忘れられないのも理由のひとつ。

ビルマで終戦を迎えた日本兵水島が、
同胞達の亡骸を弔い供養するために僧侶となって
ビルマに残ることを決心する物語だ。

ビルマの竪琴



中井貴一さんが演じたものは1985年に公開されて、
当時テレビでは散々CMが流れていた。
僧侶となった水島が肩にオウムを乗せて
戦友たちの前に現れる有名なシーン。

「おーい水島、一緒にニッポンへ帰ろう」

涙を誘う名場面だが、このセリフが大ブレイクし、
流行語となったのである。
CMを見た子供達はだれかれかまわず路上で
「オーイ、ミズシマー」と叫んだものだ。

 *************

私の家では翌年の正月に珍しく父が
「みんなで映画でも見に行くか」と言い出した。
何年ぶりだろう、家族で映画・・・・

正月映画といえば寅さんだ。
これは全員一致の意見となり、
車は映画館へと向かうのだが・・・

うちの両親の悪いくせだが、
計画を立てて行動することが苦手で
何事も行き当たりばったりが多い。

その日も、前調べもなしに
ただ最寄の映画館に向かった。
お正月なんだし、映画館行けば寅さんやってるだろう
と軽く考えてたのだが、思惑外れて寅さんはやってなかった。

寅さん



行った劇場と寅さんの配給会社が違ったのだろう。
私たちはガビ~ンとなったが、
切り替わりの早い父は、
「じゃあビルマの竪琴観ようか、いい映画だぞ」
ころっと気持ちを変えられる。

寅さんに比べるとずい分重そうな映画だが、
他に意見も出ず結局観ることに。

   ******

観終わって劇場から出てきた私たちは
みんな打ちひしがれていた。
顔は涙でぐちゃぐちゃで、
お互いの顔は恥ずかしくて見られない。
そして、「ハァ~・・・」とため息の連続。

戦争のむごさ、戦地で死んでいった兵士の哀れ、
水島の真情などに感情がぐちゃぐちゃにかき回されて
しばらくは口も利けなくなっていた。

いつもならこのあたりで
「腹減った、メシ食いに行こう」と言い出す父も
「戦争はいやだな~、絶対ダメだ・・」とそればかり。
 

そして映画の余韻は帰りの車中でも延々と続く。
母が急に唄いだした。
それは映画の中で兵士達が合唱する歌で、

「はーにゅーの宿もわーがーやーどー・・・」

とか、

「菜のはーなばたけーにいーりーひうすれー・・・」や、

「箱根の山は天下のけん・・・」

などだ。

児童唱歌というのだろうか。
みんなで、特に両親は大きな声で唄った。
涙の干からびた頬に全開の窓からあたる風が
気持ちよかったのを覚えてる。

寅さんで初笑いのはずが、
まったく方向を変えてしまった脳天気な一家である。

続く・・・

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TIPA東京公演2006 DVD

2006年夏に五反田ゆうぽと簡易保険ホールで行われたTIPA(チベット舞台芸術団)のDVDを買いました。

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この公演、残念ながら私は行けなかったので、遅ればせながらチベットハウスから出ているDVDを購入いたしました。

プログラムは12演目、それにおまけで舞台以外の団員の方の素顔のインタビューなども入っていてお得です。

アドリブでしょうか?セリフの中にさりげなく日本語がはいっていたり、東京を話題にしたりしていて、思わず微笑んでしまうシーンも・・

舞台美術は簡素ながら、豪華な衣装と演技・歌に心を奪われます。
演目によりチベット各地の衣装が見られ、同じチュパといえ、やはり地方によっての違いが判ってとても楽しいです。

それにしても色鮮やかで、豪華な衣装です。
沢山身に付けた、珊瑚や琥珀といったアクセサリーも素晴らしい。
何といっても着こなし方が粋ですね。
もう、チベットの着こなしは本当にかっこいい!!
男も女も片袖脱ぐあのスタイルに惚れてしまいます。
いや、もうこれだけで見る価値大です。

そしてチベットならではの、あの声。
遥かな嶺を超えて、どこまでも、どこまでも届きそうな透明な力強い声に圧倒されます。

どうしてあんな声がでるのでしょう。
この声を聴いただけで、心はヒマラヤの峰を駆け巡る思いがする。

これは本来、チベットの高原で聴かなければならない声ですね。
蒼い空の下で聴いてこそ、その真価が発揮されると思います。
とはいっても、ホールでもDVDでも、十分にその魅力は伝わります。
私は何よりも人間の声、という楽器に魅了されます。

チベットの素晴らしい伝統芸能を是非、ご覧下さい。
チベットハウスアマゾンからお求めいただけます。


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親ばか

すいません。 ただの親ばか。 猫自慢です。
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座布団からはみ出すほどに、大きく成長してくれました。
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お風呂にはたま~にしか入らなくても、胸の毛は真っ白です。
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ミヤンマー’94/インレー湖

インレー湖はどうしても行きたかった場所だった。
浅い湖の上に家を建てて暮らす人々の話を以前聞いていたから。

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水辺に暮らすというのは古来人間の潜在的な夢ではないだろうか。
実際に住んでみればあれこれと不便、不都合もあるだろうが、
水が暴れない限り、やはりそれは贅沢なことだと思う。


果たして念願のインレー湖を訪れてみると、
やはり水辺の暮らしの優雅さに感じ入る。
全てがゆったりとして趣があった。

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小舟が家の軒先を行き交い、ちょっとした買い物は
物売りの舟を玄関先で呼び止めればいいなんて情緒がある。 

情緒といえば、このあたりでは軒先に鉢植えの
植物を提げている家をよく見かける。
質素な暮らし向きだが花鳥を愛でる心のゆとりがあるということ。
そんなことにも深く感銘を受ける。

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インレー湖では週に一度市が立つ。
どこの国でも、市場というのは活気があって、
市民生活の一端をのぞける格好の場所。
ぶらぶらと眺めて周るだけで心が弾む。

<わ~~~~、いるいる、カラフルな人たちが>

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まるで色彩の洪水だ!
おっと、水辺の民族に洪水とは忌み嫌われる比喩か・・・

この周辺にはインダー族をはじめ200以上の
少数民族が住んでいるという。
市で物を売るのはほとんどが女性で、
みんなたくましく家計を支えているのだ。

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ミヤンマーの有名な産物に葉巻がある。
バーミーズシガー。 
そう呼ぶと格調高いのだが、市場で
筵の上に並べられているのは
なんだか庶民的な代物だ。

葉巻売りのおばさんも自らくわえシガーで
商いをしている。
あごがはずれそうなゴン太サイズを
ハスにくわえてかっこいいことこの上ない。

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私も試しに買ってみることに。
お土産にしてもいいと思って
ミサイルみたいにでっかいのを一束購入。
(ミサイル見たわけじゃないけど・・・)

その場で一服つけてみたが、とてもとても。
買ってから後悔した。
<これ誰にあげよう。。。。。>

よく観察してみると葉巻の太さと
吸ってる人の年齢には一定の法則がある。
つまり若い人ほど細いものを、年齢が上がるにつれて
太い葉巻を吸っている。

地元の女性に聞いてみたが、特に理由はないそう。
吸い続けるうちに肺が強化されてゆくのだろう。
それに他人の目もある。

「どこそこのお嫁さんすんごいの吸ってるわね~、お姑さん差し置いて」

みたいに噂されるのは体裁が悪いのか?

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それにしても、この市場を訪れて嬉しかったのは
人々が花を買う姿を目にしたこと。
矢車草の一種だと思う。私の大好きな花だ。

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暮らし向きは決して豊かではないが、
仏に供える花を買うことを欠かさない。

我が身に振り返って考えると、正直自信がない。
どうせならあとで自分の口に入る
果物でも買って供えた方が・・・・
なんて計算が働くに違いないのだ、私の場合。
<あ~~~、貧しい・・・>

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1300メートルの高地の湖は
打ち寄せる波濤や、暴れ狂う水の恐怖はない。
だが、細々と漁業に頼る暮らしはじつに心もとなく、
-明日をも知れぬ-という言葉はそれほど大げさではないのだ。

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だが、この市でみた女性達のある種の開き直りと
そこから生まれるしぶとさみたいなものに
日本からやってきた私は鼓舞されてしまった。

アジアの女性であることに誇りを持とうと。。。

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おわり






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「小さい母さんと呼ばれて」

去年の末に買った本ですが、お勧めなので紹介いたしますね。

日本に住むチベット女性が10数年ぶりに帰省し、従兄弟とともにチベットを旅して自分の中のチベットと現在のチベットの差に戸惑いつつも、昔懐かしい人達との再会や、現在のチベットの様子が詳細に記述され情景が浮かぶようです。

帯にあるように、現代チベットの問題を取り上げ、チベット人の心情を良く現しているのではないでしょうか?

チベットに行かれる方はこの本を読んでいくと、丁度良いガイドブックにもなると思います。

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ps、
  巻末の紹介で著者のクンサン・ハモさんはラサ生まれになっていますが、一説には作者は」日本人説もあるようです。
私も某有名チベット好きの日本人作家さんの文章と酷似してると思いますが、皆様はどう思われますか?
でも、もしだからといってもこの本の素晴らしさが損なわれる事はないと思います。

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