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チベットショップ奮闘記

自由ヶ丘でチベットに関するグッズを売るお店マニマニを経営する店長とスタッフ達の奮闘記。 日々の出来事、お店の最新情報、旅のエピソード、 チベット周辺に関わる情報交換などなど

ダライ・ラマ法王 TV出演

昨日ダライ・ラマ14世のインタヴューがTVで放送されましたね。
全国放送、メジャー番組、ゴールデンタイム(の内ですよね)に。
これは大変に珍しいことではないでしょうか?
私などは事前にビデオをセットし、テレビの前に正座して(これはまあ嘘ですが)準備万端で望みました。

チベットといえば大抵、某国営放送あたりで紀行番組として取り上げられるだけだったと思うのですが、今回は法王様の単独インタビューに加え、しっかりチベット問題も取り上げていました。
また、今年の夏に開通した青蔵鉄道の開通式の模様などは大変に興味深い映像でした。
難を言えばもっと長い時間取り上げて頂たかったですが、これはまあ仕方ないですね。

法王様のインタビューで一番印象に残ったのは何と言っても、対中国との交渉に関してでした。
はっきりと「独立ではなく自治権を求めている」と。
亡命政府がそのような交渉をしていると、聞いたことはありましたが、
法王様のお言葉ではっきりしました。

部外者である私にそれがチベット人の総意であるか否かはわかりませんが、ただ心から願うのは危険を冒して(逮捕・手足の凍傷・時には命を亡くす)ヒマラヤを徒歩で越える亡命をチベットの方がしなくても良いような状況になること。
大きい声で「FREE TIBET」と叫べるようになること。
大いなる知恵の海であられる方が故国に戻られること。

その日は確実にやってくるのでしょうか?

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ダライ・ラマ法王 講演に行ってきました。

さて、楽しみにしていたダライ・ラマ法王の講演に行ってきました。
マニマニにもチラシをおかせて頂いてましたので、行かれた方も多いはずですよね。

私オカヤンは両国国技館へ行くのは初めてだったので、軽く迷いつつも(改札口は反対側にでるし、江戸博物館に行っちゃうし・・)無事に到着いたしました。

建物の中にはいると、チベットハウスはじめ各チベットサポートの方々が書籍やDVD、チベットグッズを販売してらっしゃるし、色んなチラシも配布なさってるので、それを求める人々で早くも凄い熱気でした。
私もこの時とばかりに普段手に入らなそうな資料本などを購入し、配っているチラシもどんな貴重な情報が書かれているやもしれぬので、取りあえず貰い、法王様のポスターも頂くという抜け目のなさを発揮いたしました。

会場の中は思っていたより簡素な舞台でしたが法王様が座られる場所の背後には特大のタンカが飾られていました。たぶん釈迦如来だと思います。

法王様は少し遅れて到着、会場全体がいっせいに立ち上がって拍手でお出迎えいたしました。 大きいモニターも二台設置されていたので、表情も良く見えました。お姿が見えると本当に感激ですね。思わず熱いものがこみ上げます。

法王様は照明が眩しいと懐から小豆色のサンバイザーをだしてずっとかけておられた姿がなんともひょうきん。
最初のお言葉以外は英語でお話くださいました。といっても私は英語もわからないのですが、それでもまあ、少しはわかるところもありました。

壇上には通訳のマリア・リンチェンさんのお隣りにチベット僧もいらして、時々法王様が英語の表現がわからない時にお尋ねになっていました。
この僧侶の方は、ずっと法王様に全神経を集中し、「そうです。そのとおりでございます」といった様子で深くうなずく様子が私の印象に残りました。

前半は講話をしていただき、後半は質疑応答でした。
事前に司会者の方が質問は3名だけです。とおしゃってましたが法王様自身がなんども「NEXT」とおしゃってかなりの時間を質疑応答にさいて頂きました。この時間が色んな質問がでてなんとも楽しかったです。
法王様自身も講話のときよりも生き生きさなっている感じがしました。

結局、2時間の予定を大きく上回って終了いたしました。

法王様のお話は決して難しいものではありません。
勿論これは僧侶に向けてのティーチングではなく、一般人に向けてですから易しく話してくださっているでしょう。
なるほどな・・その通りですね、と思うことがしばしば。
でも、そのなるほどは誰にでも出来るはずなのにその実践のなんという難しさ。

誰もが皆法王様に引かれるのは、その判っているけど中々実践できないことを完璧に実践なさっているお姿も、その理由のひとつではないでしょうか?

とにかく、法王様には長くご健康でいらして頂きたいものです。

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チベットでヒッチハイク旅行 11

ある日私は決心した。
ガンデン寺を見物に足を伸ばすことにしたのだ。
ラサから東に40KM。 一泊で行ってこれる距離。

ラサでもそろそろ退屈していたので丁度よい。
T芝君も行くというので、これまた楽しくなりそう。

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ヒッチハイクしたトラックに揺られてあっという間だったが、
「ここだよ」と下ろされたのは丘の麓だった。
そこから見上げると、目的地は遥か彼方。
丘の高さは数百メートルといったところだろうが、
自分達の立っている場所がすでに標高4,000m以上あるので
かなりきついハイキングになるのは自明の理。
だが自分の足で歩いてゆくしか方法は無いのだ。。。

九十九折りの道をとぼとぼ登り始めるが、
距離がぜんぜんはかどらずじれったい。
ショートカットを試み斜面を垂直に登ってみるが、
五歩も登るともう足が止まる。

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そんなことを繰り返しながら
やっとの思いで頂上に立ったときは、
二人とも崩れるように地面にへたりこんだ。
予定にはなかった苦行がこんなところでも
私達を迎え撃ったのだ。
ひゃぁ~~~~~~~~。

一息ついた後堂内を探索してみる。

ガンデン寺はツォンカパの建立した由緒あるゲルク派の僧院だか、
文化大革命のときに激しく空爆され、廃墟と化した。

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この時(94年)すでに修復作業が始まっていたのだが
まだまだ完成には程遠い印象を受けた。
瓦礫の山を前に、十数人の男女が作業している。
作業は全て人力に頼り、見るからに効率が悪そうだ。

だがチベット人の、大いなる精神のよりどころである
寺院の修復は民族の悲願でもある。 
黙々と作業する人々の姿に心を打たれる。

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その夜は境内の中の宿坊にご厄介になることに。
宿坊といっても、そこは無人の小屋と呼んでも
差し支えないような建物。

マイ寝袋と自分の体温が唯一の暖。
晩御飯はアーミーのビスケット。
電気も通ってないので、日没と共に寝ることに。

<お休みなさい。。。。>

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続く・・・・








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チベットでヒッチハイク旅行10

ある日の朝、
「ノルブリンカで何かイベントがあるらしいよ」と誘われる。

かつてダライラマ法王の夏の宮殿とされていた
ノルブリンカの庭は、ピクニックをする
大勢の人でごったがえしていた。

ノルブリンカ



チベット人たちは本当にピクニックが好きだ。
ポリタンクにチャン(ドブロク)をたっぷり用意し、
お菓子やドライフルーツ、干し肉に乾燥チーズ。
芝生の上で輪になって、歌ったり踊ったり。
それはそれは本当に楽しい。

私は以前ネパールでも、チベット人の友人一族に招かれて
ピクニックを経験したことがあったが、
やはりここチベット本土でもチベット人達と
ピクニックで交流ができてうれしかった。
招かれるままに、宴の輪に溶け込む。

ピクニック2



外地で暮らすチベット人に比べ、政治的緊張のある本土では
チベット人が外国人と個人的な交流をするのは制限されているはず。
だけどこの日はみな屈託のない笑顔で、飲んで歌って大いに笑った。

ここでもウクレレ君は活躍してくれた。
私達は、彼の伴奏で日本の歌を披露したりして喝采を浴びた。
そして今度はチベット人のおばさん達が歌のお返し。
日本の民謡にも似た感じで、こぶしをまわして喉を鳴らす。 
チベット女性の声は艶があって伸びがある。
どこか懐かしいような感覚にとらわれ聞き惚れる。

<あ~、至福の時が過ぎる・・・・>


    **********

チベット人は畑仕事の合間にもチャンを飲む。

以前散歩の途中で声をかけられ、見るとそこでもポリタンク。
畑の中で車座にすわって頂いたチャンはまた格別だった。


そういえば、ラサに着いたばかりの頃
T芝君とこんな会話をした。

「 西蔵麦酒といううまい酒がチベットにはあるらしいですよ 」
 
「シーザン・ピーチュー? どこで手に入るの・・?」

「チベットのどこにでもあるって聞いたけど・・・・」

ラサの食堂などをさんざん二人で探し回った後分かったのは、
それは<チャン>を指す中国語だったということ。
 
ピクニック



確かにチャンはどこででも手に入るが、
質を問えばピンからキリまであり、
美味しいチャンに出会った時はそうとう危ないのだ。 
すすめ上手なチベット人のお酌でついつい度を越してしまったことは
一度や二度ではない。


続く

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ナーガと前正覚山

ナーガとは蛇神のことで、仏陀が悟りを開く時に守護したとされるようです。恵みの雨・豊穣を司り、砂曼荼羅を川に流すのはナーガへの供養の意味があるそうです。
ベルトリッチの映画「リトル・ブッダ」の中でもキアヌ・リーブスの美しい仏陀を雨から守っている場面がありましたね。
マニマニで扱っている像は純銀製の細工も丁寧なとても美しい一品です。
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仏陀が悟りを開く修行をした前正覚山へ行ったことがあります。
ブッダガヤからオートリキシャで40分ぐらいでした。(多分、遠回りしていたのでもっと短い時間で行けるかも知れません)
ブッダガヤ自体が田舎ですが、さらに人里離れた山の中腹に、仏陀が修行した洞窟があり、それを守るようにチベット寺があり僧侶が2~3名いました。
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仏陀の修行した洞窟の中に入り瞑想(いえ、真似事です)致しました。ほんの5分ですが。
ここには自然に文字が浮き出た岩があると言うことで、見せていただきましたが、写真も撮らなかったので、その文字はサンスクリットかチベット文字かどっちか記憶があいまいです。どっちにしろ当時の(今もですね)私には区別も判別もつかないものでした。

寺からの眺めはとても良く、見渡すかぎりのどかな風景がひろがっています。ブッダガヤのあるビハール州はインドでも特に貧しい州とされていますが、そこから見える景色はとても穏やかでで美しいものです。
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生まれた国を離れ(このチベット僧も亡命者でした)、聖地とは言えこんな人気無い所に住む気持ちはどんなものでしょうか?
若い僧侶には寂しく辛い事ではないかと思いました。
3年間は居ると言っていました。
 

電話も通じてないとの事ですが、彼らは携帯電話を持っていました。
いざとなったらこれでブッダガヤと連絡がとれます。
時代を遡ったかのような所でもやはり文明の利器は活躍してました。

お茶ばかりか(そういえばバターティでした)、更には昼食までもご馳走になり、お土産にスリランカ産のタイガーバームの様なものまで貰い、すっかりお世話になって寺を後にしました。

私が行った時は暇な時期だったようですが、人里離れていても聖地ですから、シーズンには熱心な信者さん達が沢山訪れて僧侶の方々も結構忙しいそうです。

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