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チベットショップ奮闘記

自由ヶ丘でチベットに関するグッズを売るお店マニマニを経営する店長とスタッフ達の奮闘記。 日々の出来事、お店の最新情報、旅のエピソード、 チベット周辺に関わる情報交換などなど

「のだめカンタービレ」

店員オカヤンです。
はい、今日はチベットと全く関係無いお話デスヨ。

「のだめカンタービレ」大人気の漫画ですから、
ご存知の方も多いですよね?
(ご存知ない方、音大でピアノを勉強中の女の子が主人公の音楽漫画です)
私は大ファンでただ今発売中のコミックスは当然全巻揃っていますし、
本誌連載も毎号かかさず、立読みしています。(せこい!!)

この漫画の魅力は何といってもキャラクターの面白さですね。
毎回笑わしてくれます。しかも「やられた~!!」って感じ。
ど-したらこんなエピソード思いつくんでしょう?

そして音楽表現の素晴らしさ!
私はクラシック聴くのが趣味ですので、劇場やホールへは何度も足を
運んでいますが、まさにあの演奏者と聴衆が一体化した緊張感、
感動、感激が伝わってきます。

作者自身もかなりのクラシック好きらしいですが、好きだけでは
表現出来ない、やっぱり漫画家としての技量も相当ですね。

今号では千秋(主人公の彼氏で指揮者)がロッシーニの
「ウイリアムテル序曲」をリハーサルしてました。
おおっ、私の好きな曲だ~、といつもより更に盛り上がって立読みしました。
(よい子の皆様は立読みは、なるべく止めましょう)
ちなみに私の愛聴盤はPHILIPSのMUTI盤です。
久々に聴きなおしてしまいましたよ。
ロッシーニ、いつ聴いても楽しいです。

チベットにも「アチェラモ」というチベット版オペラと言われているものがあります。

21日のブログでお知らせした公演です


数年前にダラムサラでTIPAの公演を観たことがあります。
西洋のオペラとは違うけれど、言葉は分からずともとても楽しいものでしたよ。
写真背景の建物最上階奥にはダライ・ラマ14世法王がいらっしゃった、はず

ramo

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チベットでヒッチハイク旅行6

旅は急ににぎやかになる。
女3人、サキャを目指してミニバスで出発。
チベット仏教サキャ派の総本山はやっぱ見逃せない。

サキャ



街道からサキャへと道が分岐するところでバスを下り、
そこからの26kmはヒッチ。
通りがかったトラックの荷台へ飛び乗る。
数人の巡礼者に同乗させてもらった。

サキャ僧院のすぐそばには宿があり、一泊することができる。
運良く翌日はサキャ→シガツェのバスが出る日だ。
週に2便しかないバスなのでタイミングよいのがうれしい。

宿の台所ではおばあちゃんが何か作っていた。
蒸しあがった穀類(たぶん麦でした)に
白い粉を振りかけているところ。
のぞいている私達を手招きで呼んでくれる。

何を作っているのか目で問いかけると、
どうやら飲み物を飲むゼスチャー。
そして、よろよろとよろけてみせる。
おばあちゃんの目つきもなんだか変だ。
<・・・・・・?>

「あ、酔っ払いだ!」
私達三人は同時に膝を打った。
お酒を造っているのか~。

後で知ったのだが、それは「チャン」という
チベットのお酒で、甘酸っぱい
カルピスのような醸造酒。
(後年このチャンを飲みすぎて
 一生の不覚と呼べるエピソードも生まれる・・)

それにしても、なんてファンキーなおばあちゃん!
私達はおばあちゃんの演技に大喝采を送り、
そして、その姿をどうしてもカメラに収めたかったので
アンコールを要求した。

名女優


ノリノリのおばあちゃんは臆すること無く(当然か・・・笑)
がぜん張り切って、ちょっとオーバーアクション
気味だったけど、私たちを大満足させてくれた。

< も~~~、おばあちゃんLOVE! >

**************************

サキャ寺院を見物していると、来るときのトラックで一緒だった
若い夫婦の巡礼者が順路に沿ってマニ車をまわしている。
二人とも見惚れるほどの美形カップル。
そして、熱心にお参りする姿が美しい。
参詣中に申し訳ないが記念に写真を撮らせてもらう。

日本ではクリスマスで盛り上がった後、初詣に神社参詣といった
宗旨無関係の人がマジョリティー。
選択肢がたくさんあり、自由であるようでいて、
実は何かひとつのことにコミットできないのだ。
ちょっと虚しいな~と思ったりする。

新婚さん?



*****************************

サキャの次に訪れたシガツェはラサに続く
チベット第二の都市。
いよいよ有名なタシルンポ寺を見学だ。
金色に輝く26mtもの大仏像を一目見たい。

久しぶりの大都会になんだかまごつく。
お湯のシャワー・まともな食事・・そんな言葉が
頭をよぎって、わくわくする。
<宿で情報を集めねば・・・>

私たち3人はガイドブックでもお勧めの
「テンジンホテル」に直行する。
チベタンが経営するホームリーな宿と評判だった。

タシルンポ寺


   * * *

宿でいろいろ聞きまわった結果、
安くておいしいと評判の中華レストランに食べに行くことに。
私たち3人に、イギリス人2人とアメリカ人1人が加わり
大所帯で繰り出した。

<やっぱ中華料理は大勢に限る!>
もう私はスキップしたいくらい嬉しかった。
<漢字のメニューが出てきたら任せなさい!>

ところが、私の夢はまたもや簡単に打ち砕かれる。
人選ミスだった。
卵も食べない完全なベジタリアン、卵はOKだけど肉は食べない人、
魚と野菜はOKだが肉は食べない人・・・などなどが
入り交ざっていてオーダーするとき非常な混乱をきたしたのだ。
話がまとまらず、店のシャオジェ(小姉)もうんざりしている。

結局おのおので注文することになり、
私以外はみんな焼きそばになってしまった。
野菜焼麺、野菜&卵焼麺みたいに・・・

< も~~~、ここまできて・・・トホホ >
私は完全に欲求不満になってしまった。
周りのテーブルは豪勢にやってるのだ。
皿からはみ出しそうな大きな魚がデーンみたいに。
それも信じられないほど安い・・・・

<あ~~~~~ん!>
私は涙をのんで、一人で酢豚定食を食べた。
ベジタリアン達を前に精一杯の抵抗のつもりだった。

空の色


翌日宿で血眼になって夕飯のシェアメイトを探し、
リベンジに出たのはいうまでも無い。
3人の日本人と香港人一名をゲットし、
昨日の恨みを晴らして大満足。

ところが帰り道、野犬の多さに酔いも醒める。
まだ夜の8:00を過ぎたばかりだが、
道には人気が無い。
そして町の角という角に野犬が群れていて
ごみを漁ったりしているのだ。

我々がたらふく肉や魚を食べてきたのを本能的に
嗅ぎ取るのか、単に服から臭うのか
グルルと喉を鳴らして威嚇してくる。

<狂犬病の予防接種してくるべきだったな~>
などど思ったけどもう遅い。
ここでは、美味しい夕飯をいただくにも命がけだ。

行きはよいよい、帰りはなんとやら・・・
「走ったら絶対だめだよ」と声を掛け合い、
じっとり脂汗をかきながら宿へと歩いた私たちでありました・・・


続く・・・




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チベット舞台芸術団東京公演

tipa


めったにお目にかかれないチベット舞台芸術
の公演のお知らせです!
この機会をお見逃しなく!
このポスターの写真にある仮面はマニマニでも扱っております。

http://www.tibethouse.jp/tipa2006/

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チベットでヒッチハイク旅行5

ラツェの町では忘れられない笑い話がある。

宿に着いたら、思いがけず知った顔に出くわした。
ネパール国境の宿で一夜をともにした
イスラエル人の女の子二人連れだ。

二人とも兵役を終えた後、集中的アルバイトでお金をため
できうる限りの長期旅行に挑んでいる、
典型的なイスラエリーの旅行パターンだ。

どちらもエキゾチックな美人だが、性格が少々きつい。
一晩だけ夕飯の食卓を共に囲んだ仲だが、
しゃべっていて圧倒された記憶だけが残る。
国境の宿で 


彼女達も国境でヒッチの相談をしていたようだが、
こんなところで追いついてしまった。

話を聞くと、中国元の現金が底をついてしまい
銀行が開くのを待ってここに留まったとのこと。
そういえば私も国境で両替した僅かなお金はもうすぐ
なくなりそうだった。

国境から340Km程北上して来たが、
以来初めての銀行がこの町にはあるのだ!
国境でも、両国間を行き来する商人達の闇両替に
頼るほかなかったので、銀行があるのはちょっとうれしい。

まだ夕方にはなっていなかったので、
運がよければ今日両替して、明朝出発できる。
そこで早速彼女達を誘ってみる。

町並み



すると、銀行には午前中行ったが
開いてなかったという。
< ん~? >
とにかくもう一度行ってみることに。

果たして開いてない。
行き交う人を止めて聞いてみるが
英語がまったく通じない

ところがよく観察すると町のいたるところに
漢字の看板が。
そうだ、ここは中国なのだ!
漢人に筆談で聞けば最低限のことは通じるはず。
がぜんが湧いてくる。

イスラエル人二人より優位に立った気になり、
<まあ、ここは任せなさい>とばかり
紙とペンを取り出す。

そこまではよかったのだが、間もなく現実を知り
私達は言葉を失う。

<銀行はいつ開くの?>
<水曜日>
<ほかには?>
<開かない>

ガツ~ン・・・・・
耳を、いや目を疑った。今日は木曜日なのだ。
週一度だけの営業って、フリマじゃないんだから・・・・
ぜんぜん納得が行かなかったが、どうしようもない。

みると彼女達二人は往来で喧々ごうごう言い争ってる。
ま、分からなくもないけど。。。。 
灯明


結局、宿の親父さんに相談。
そしてここでも闇両替屋のお世話になることに。

夕食の後、両替屋はやってきた。
漢人の小柄なオジサンで、
昼間は普通に小商いでもしてそうな感じ。
悪人面というほどでも無いが、目にこずるそうな光がある。
自然私たち三人も身構えてしまう。

宿の親父さんは、勝手にやれとばかり
自分はどこかに消えてしまう。

<さて、交渉だ・・・>

昼間のこともあり、イスラエルの娘二人は
完全に私を頼りきっている。
私の筆談センスが問われるときだ。

少々の単語はガイドブックから拾い上げておいた。
ロンリープラネット・チベット編を持っていたのだが、
<旅の会話>みたいなページがある。
漢字の表記もあり、結構活用できた。

予想どおり、おじさんのレートは
かなり低いところからスタートする。
足元見られてるのは分かっているけど、
そう簡単には行かせない。

ぜんぜん話にならないといった顔で、
鼻で笑ってみせる私。
かなりふてぶてしく振舞う。
(こういうことだけは、長旅で自然と身に付く・・・恥)

後ろに控える二人も、威勢良く
「NO~~~~ォ!」を連呼。
しばらくそんな応酬が続き、
長期戦になる気配。

このとき私達は一人US100ドルずつの両替に挑んでいた。
300ドルといったら大金だ! 
おじさん的には徹マンでもしに行くような覚悟を決めて、
ドリンク剤でも飲んできたのかもしれない。
がぜん強気だ。一歩も引かない。

だんだん苛立ってきた、というより
殺気だってきた後ろの二人は、
私一人を交渉の前線に追いやってるくせに
文句だけは一人前だ。

私が疲れてきたのを見て取ると、
肩越しに顔を突き出してきて、ブーたれる。

<うるさい。疲れた。この辺で妥協したい。。。。>
私はもうぐったりだった。

と、これまでは数字を書いた紙片だけが
交渉のテーブル上を行き交っていたのだが、
後ろの二人が作戦の変更を私に言い渡す。

<アメリカドルを持っていれば将来上がる>と書け、と。

(すっかり司令塔気取りだ・・・やれやれ)

そんな子供だましが通じるか、と一瞬思ったが
万が一という気持ちと、早く終わりにしたいと思う
気持ちが入り交ざって
彼女らの言うままにペンをとる。

<美銭未来上昇>
これで通じるかどうかは
全く自信なかったが、他に思いつかない。
<美銭>とはアメリカドルのことで、これだけは
ガイドブックで確認済みだ。

それを読んだおじさんが一瞬ふっと笑い、
ペンをとる。
通じたらしい・・
そしてさらさらと何か書いてよこす。

< 現在下降 >
あっけなく終ってしまった。
まさにその通りである。
94年5月当時、米ドルは日に日に下落し、
ドルを持って旅していた人間をはらはらさせていたのだ。
そんなこと、海千山千の両替屋が知らぬわけが無い。
あ~~、完敗。

キョトンとしている後ろの二人には、
が立たない相手であること、自分達の分が悪いこと、
これを逃せばあと一週間待つこと、
などなど言い含め、やっと了承させた。

こんなことなら自分達で交渉すればよかったと
思ってるかも知れないが、もうたくさんだ。
さっさと終らせて寝よう・・・・

***************************

その後、われ等の差し出すドル紙幣を
裸電球に透かし、左見右見し、
挙句偽札だとおじさんが言い放ったときは
<もうどうにでもしてくれ~~~>と叫びたかった。
イスラエル娘二人は果敢に応戦している。
やはり兵役を経験している二人はタフだ。

子供達とガールズ



ラツェの夜はとことん長い・・・・

続く・・・・












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チベットでヒッチハイク旅行4

四日目の朝、私は再び車上の人となる。
今度はトラックの助手席に昇格。
ラツェという町に向かうドライバーに
宿の親父さんが話を付けてくれた。
やっぱり助手席は楽チンだ~! 

出発して間もなく大きな集落を通り過ぎる。
後で調べて知ったのだが、私が3泊も滞在したのは
テングリ(ラオ・テングリ)というところだった。

ドライバーは気のいい30前後のお兄さん。
名前はギャムツォさん。
言葉は通じないが、いろいろ話しかけてくる。

私が首にしていたネックレスを見ながら、
「それいくらで買った?」とダイレクトな質問。
120ルピー
「じゃあ偽物だな。俺のは本物だぜ。4,000ドルもしたんだ」
と、胸元から引っ張り出して見せてくれる。
にせもの


何かの勘違いだと思った。
<4,000ドルって、いくらだか分かってるのかな~>
ギャムツォさんが身を粉にして働いても数ヶ月、
いやもっとかかるはず。
その時はさも感心した風を装って、
<へぇ~~~>と驚いて見せたが、
私は自分の無知を後で思い知る。

それは - zee stone - (ズィー)と呼ばれるアンティークのビーズで
チベットでは昔から大変珍重される高価なものだ。
中東の土中から発掘された古いものだが、
今ではもう出土しない。
したがって本物は人の手から手へと
古物の扱いで取引される。
材質は天然の縞メノウだ。

ビーズの価値を決めるポイントは、
<目>がいくつ入ってるか、その一点につきる。
天然の石の模様がまるで目のように見えるのだ。

私の買った安物は、ガラス製で
目の柄が3つ焼き付けてある。
本物は人の手を借りずに、目が入ってる。
最高のものは9個の目入り。
これはもう国宝級で、私は後年台湾の故宮博物館で
目にすることができた。

この石にはいろいろと言い伝えがあり、まるで石に
命が宿っているかのような伝承もたくさんある。
とにかく身に着けた者の身を守り、
商売繁盛のご利益も絶大というので
商売人は大枚をはたいて買い求める。
偽物を平気で身に着けるのはツーリストだけだ。

(ギャムツォさん、あの時は疑ってごめんなさい・・・)

さてさて、窓から見える景色はあいも変わらず平坦だが
トラックを止められて降りてみると、なんとそこは
海抜5,250メートルの高み。ギャツォラ峠だ。
ルンターと呼ばれる五色の旗が無数にはためいてる。
ギャツォラ峠


ギャムツォさんはそこで何かお祈りのようなことをしていた。
山は神聖なもので、神や仏が宿るとされるのは日本も同じだ。 
私もなにやら敬虔な気持ちにさせられ手を合わせてみたりする。
すごいな~、知らないうちにこんな高いところに来てしまった!

再びトラックは動き出し、ガタゴト音をさせながら進んでゆく。
カトマンズからラサまでを地図に書くとすごく単純だ。
真っ直ぐ行って突き当たりを右。
まるで近所の酒屋にでも案内してる
ような感じだが、距離がある。
その突き当たりにある町がラツェ、もうすぐだ。
きかん坊達


*************

何事も、思うように簡単に行かないのが
アジア旅行の常だが、やはり災難は突然降ってきた。


この先にチェックポスト(検問所)があるので
一度トラックを降りてくれというのだ。
建前上、外国人を乗せることができないので
私に歩いて検問所を通過しろと、
その先でまたひろうからという。
え~~~~~~っ!!!>
だが、しょうがない。

彼に迷惑はかけられないので、しぶしぶ降りる。
と、追い討ちをかけるようにバックパックも降ろされる。
確かに荷物だけ載せてるのも不自然だ。

いったい何キロ歩いたか今でははっきりしないが、
チベット高原での1キロは地上の10キロにも匹敵するだろう。
荷物の重さもしかり。
もー、呼吸が・・・・


チェックポストではパスポートを見せたりも
したのだろうが、
記憶に残ってるのは、息も絶え絶えに歩いたこと。
そして、でかすむ道のずっと先に
トラックとギャムツォさんの姿が見えたとき
本当に安堵したこと。

<よかった、置いてゆかれなかった・・・>
自然と涙がこみ上げて、顔はもうクシャクシャになる。
向こうからも歩いてきれくれて
荷物を引き取ってくれる。
泣いたのをられないようにごまかしたはずだが、
彼には分かったようで、しきりに謝る。

<かえってすまなかったな、
僅かなお金で乗せてくれてるのに・・・・>
働く子供


ギャムツォさんは最後はラツェの町の宿で降ろしてくれた。
これから彼も家族の待つ家に帰るのだろう。
おかげさまで無事ここまで来れました。
トジチェ!(ありがとう)

続く・・・

















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チベットでヒッチハイク旅行-3

日本人なら毎日のお風呂はなかなか欠かせない。
ところが旅先では、場所によって
思うようにならない時が多々ある。

シャワーだけでもいいから・・・
お湯が出なくてもいいから・・・・
と、条件を下げてみても無いものは無い。

風呂や食事、交通手段など、普段の快適なレベルから
かなり水準を落としても
旅を楽しめる余裕がでてくると
バックパッカーとしてはまずまず合格なのだろう。

ところが私は結構悪あがきをしてしまう。
特にシャンプーがこまめにできないと、
もう気持ちが乗らない。
あとはお酒。
(種類とクオリティーは問わないが・・・・)

ネパールでヒマラヤをトレッキングしたときに
かなり鍛えられたはずではあったが、
無性にシャンプーがしたかった。

もうもうと砂埃を巻き上げて走るトラックの荷台で
私の髪の毛は指が通らないほどになっていた。
かぶっていた帽子の繊維を突き破って入り込んだ
埃が私の髪を完全に調伏していたのだ。

あ~~、頭がかゆい。洗いたい。

薄い空気の中、自分の意識まで薄れてくるのに
寝袋の中で考えるのはそんなことばかり。
もう丸二日こんな状態だ。

食事に起き上がったとき、宿の親父さんに聞いてみた。
「バケツにお湯もらえないかな?」
それで何をしたいのか説明すると親父さんは、
「近くに温泉があるぞ」

どうやって意思の疎通ができたのか今では不思議に思うが、
身振り手振りで会話したのだろう。私も必死だった。

<何でそれを早く言ってくれないのよ~~~!>
すごい! 温泉! 
日本人なら誰でも飛びつく話だろう。
私は小躍りした。湯治だ!
はやく風邪を治して(まだ風邪だと思い込んでいた)
ここから抜け出さなくては。
こんなところで沈没してる場合ではない!

身を乗り出してそこまでのアクセスを聞き出す。
と、どうやら徒歩では行けない距離らしい。
まあ、チベットなんだからしょうがない。
「近く」の尺度も土地によって大分変わる。

で、おじさんに薦められたのが

「馬には乗れるか?」
「はい、もちろんです」


「では案内をつけるから、二頭分の馬代を払えるか?」
「えっ、おいくら程で?」

こんなやり取りの末しばらく待たされると
案内人が馬と共にやってきた。
背丈が低く、足の太い頑丈そうな馬だ。
案内人の青年はなぜか子連れだった。 
彼の子供なのか、年の離れた弟なのか微妙な感じだが
そんなことはどうでもよい。
お馬でお風呂に 


<この子供がいなきゃあたしと兄さんで
一頭で行けたんじゃないの~?>


なんだか二頭分の馬代を払わされるのが
に落ちなかったが、言い争ってる場合ではない。
一刻も早くシャンプーだ!

相変わらず呼吸が苦しく、馬の背に揺られていても
気持ちはぜんぜん弾まない。
ヒマラヤの景色を眺めながら馬で温泉に行くなんて
普段の私なら、調子に乗って
<早駆けじゃ、ついて参れ! ピシッ! >

な~んて、殿様ごっこでおふざけをしていただろう。
(断っておくが私は乗馬のたしなみがあるわけではない・・・)

それにしても、遠い。
宿を出てから二時間近くたつ。
お尻はとうの昔に悲鳴を上げている・・・
いい加減うんざりしてきたころ、遥か彼方に
建物が見え、お兄さんはそちらを指差してうなずく。

あの中に温泉があるのか? 
どういうスタイルで入浴するんだろう・・・?
頭の中にはいろいろ疑問が湧き出てくるが、
もうそこに向かって、気持ちだけは小走りした。

チベット式の白い土壁の建物はぐるりと回廊のように
小部屋が連なり、潜戸をぬけると中庭に出る。

< 池? >
それが見えたときの衝撃と、まさかという気持ちは
今でも鮮明に覚えている。
頭の中が真っ白になった。
 
緑色に濁った池(岩風呂にも見えなくはないが・・)
の中で子供が裸で遊んでいる。
そしてその横ではおばさん達が洗濯をしているようだ。
裸の子供が浸かってるのだから、水ではないのだろう。
でも、湯船で洗濯・・・?
湯船で洗濯


私の夢は一瞬にして打ち砕かれたのだが、
無言になってしまった私の顔色を見た案内のお兄さんが
気を遣ってくれる。
<ほら、この辺の湯はきれいだ>池の一角を指差す。

よく見ると、お湯の湧き出ているところだけ
30cm四方程の囲いがしてあり
汚れた湯が混ざらないようにしてある。
お兄さんはどこからか空き缶を持ってきてくれて、
<これで頭にかけろ>とゼスチャーする。
ここまできて手ぶらで帰るわけにはゆかない。
よし、やってやる!

まあ、ご想像通りかなり根気の要る作業になった。
シャンプーだって一度じゃ泡も立たず、
三度目でやっとそれらしくなる。

初めは高みの見物を決め込んでいたおばちゃん達も、
そのうちお湯をかけるのを手伝ってくれたりして
和やかなムードになった。
濡れた髪を乾かそうと、タオルでごしごしやってると
自分の櫛で私の髪を梳いてくれるおばちゃんまでいた。

お兄さんはと見ると、ちゃっかり連れてきた子供を
沐浴させている。そういうことか~。
でもま、いいか。坊やもこざっぱりしたことだし。
ママはお洗濯中


結局帰りの二時間の道行きで、生渇き
私の髪はまたもやたっぷり埃をすった。
夕方に差し掛かって、風が一段と強まったせいだ。

でも、結果オーライと思うことにする。
こんなハプニングでもなければ、一人で自由旅行に
でてきた意味も無いってもんだ。。。。

明日は、頑張って< Hit the road ! >とゆこう。
風邪はちっともよくならないけど・・・・

続く・・・

*あとがき <チベットのお風呂事情>

とても衝撃を受けたのは、一度もお風呂に入らずに一生を終える
チベット人が少なくないということ。
もちろんチベットでも、近年都市部の生活様式はどんどん様変わりし、
中国政府の用意した近代的な集合住宅に移り住めば
シャワーなども備え付けられているのだろう。
漢民族からすれば、チベット人の伝統的生活様式は
野蛮なもので改善されるべきとされ、
それが支配する側の大儀にもなってるのだ。
でも、風呂を沸かす燃料や薪が不足する土地であり、
乾燥した気候風土を考えると我々が思うほど
風呂やシャワーの必要は感じないのだろう。
私イワノッチも、郷に入っては郷に従えの精神をもう少し
実践できればと思うのだが、まだまだ修行が足りない。



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ホーリーリーフ

こんばんは。

店員オカヤンです。 本日はまるで梅雨のようなジメジメな一日でしたね。 洗濯したかったのですが、本日はあきらめました。
もう少し溜めておくことにします。(汚っ!!)

さて、本日のお天気とは何の関係もないですが、
皆様ブッダガヤをご存知ですか?
インドで最も貧しいといわれるビハール洲にある小さな村で、
私の大好きな場所です。

はい、仏教最大の聖地、お釈迦様が悟りを開かれた場所ですね。
マハボディ


ブッダガヤの中心に建つのがマハボディ寺院です。
そこにはシャカの時代から3代目だか4代目だかの菩提樹が、
沢山の祈りの旗等に囲まれて立っております。
いつもこの木の下で多くの人が熱心にお祈りを捧げています。
菩提樹


わざわざインドの田舎まで来たのですから、記念にこの聖なる木の
葉っぱを持ち帰りたい、、というのはごく当然の心境だと思うのですが、
以外に菩提樹の葉は手に入れるのが難しいのです。

仏教は殺生を禁じているので、故に木についている状態の葉っぱを取るのは禁じられています。
自然に落ちた葉のみ拾う事を許されているのです。
しかし、はらはらと落ちた葉は落ちるやいなや、すかさず拾われてしまうので手に入れるのは競争が激しいのです。 
マハボディ寺院の入口には、観光客用に「本物だよ」といって菩提樹の葉を観光客に売りつける商売人もいます。

この貴重なホーリーリーフ、私も持っています。
拾ったのではなく、(勿論木からとったりしませんよ)貰いました。
マハボディ寺院には、他にも菩提樹の木があるので、本物のホーリーリーフかどうか、証明するすべはないのですが、くれた人の善意を信じて本物と思っています。

実はマニマニ店内にも、菩提樹の葉がさりげなく置いてあります。
気づかれた方はいらっしゃいますか?

そしてこの葉が本物のホーリーリーフかどうか、私店員オカヤンはまだ店長に確認とってません。
でも、本物と信じて大切に扱っております。はい。


ホーリーリーフ

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チベットでヒッチハイク旅行-2

ネパール国境から果てしなく走ってきたが、
予告もなく突然トラックは止まった。
どこだか見当も付かなかったけど、
宿らしきものに到着してる。
どうやら今日はここで泊まることになるらしい。
荷台で一緒に揺られてきたチベット人達も
一人二人と降りてゆく。

あ~~~~~。
とにかく開放されたのだ、すし詰めの荷台から。
お、お尻の皮がむけそうだぁ・・・・
国境の村ザンムーからかれこれ5時間
走ってきたので、そろそろ夕方になるはずだが
空は依然としてあきれるほど藍く澄んでる。
来た道を振り向けばヒマラヤ山脈が地平線の彼方だ。
車窓からの風景


運転手にもの問いたげな顔を向けると、
「今日はここで寝るんだ」といったゼスチャーで
返してくる。よかった、間違いない。

街道沿いのその宿は、空と地面のほか何もない場所に
ぽつんと建っている。
色気も素っ気もないところで、
長距離の運転手や労働者が主に利用するのだろう。
アメリカでモーテルと呼ばれるものにあたるのだろうが、
おおよそ横文字で表現できるような風情は無い。
いずれにしろこちらに選択の権限はなく、
マイ寝袋があるかぎり、雨風しのげれば十分だ。
未来のドライバー



それにしても、なんだかさっきから頭が痛い。
悪寒もする。<やられた、風邪だ・・
無理も無い。雨ざらしの荷台で冷たい風に
さらされてここまで来たのだ。
もう鼻の下も唇もガビガビ。
とにかくご飯食べてさっさと寝るに限る。

夕食をいただいた後、速攻で寝袋にもぐりこむ。
<熱~い温泉につかってる空想でもしながら
 眠りに落ちよう・・・>
そう決めて目をつぶるのだけど、寝苦しい。 
胸が圧迫される感じ。まさか肺炎?

そのうちお腹の中で何かがくすぶる感じがしてくる。
頭の中でトイレの場所を検索する。
<確か外だ・・・>
最悪の事態になってきたがしょうがない。
意を決して寝袋から這い出る。ゼイゼイ・・・・
かなりスリルのあるトイレ体験だった。
チベットの郊外では一般的な高床式トイレ。
グランドフロアーではを飼育している。
まったく無駄が無い。

翌朝を朦朧とした意識の中で迎えるが、
眠った気がしない。 
息苦しくて横にもなれないのだ。
熱は無いが、頭痛が治まらず
結局私はその日移動するのをあきらめた。
無理して風邪をこじらせるより、
治してから動いたほうがよいだろうと
珍しく冷静な判断をした(つもりだった)。

ここまで話すと誰もが気付くことなのだが、
その時の私にはちらりともその言葉はよぎらなかった。
高山病

チベット旅行を計画する人が真っ先に心配するのが
この病気のことだろう。
年齢や体力の有無、過去の経験はあてにならず、
誰にも等しくチャンスは与えられているらしい。
もちろんチベット人を除いて。
幸せそうなご夫婦


ただひとつの治療法は酸素を与えること。
つまり、酸素吸入器などが無い場合は
高度を下げて、酸素の多いところへ移動すればよい。
いたってシンプルな話だが、その時の私は
自分のいる場所が高度4,300mtにも達している
ことに気が付かなかったのだ。

道中の景色はなだらかな起伏があるだけだったので、
一日で2,000mtも高度を上がってきたとは
想像できなかった。

治るわけが無い。さっさと歩みを進めていれば
高度は徐々にまた下がって行ったのに、
わざわざそんな高い場所に留まって
風邪を治すため(アホですね)3日も滞在してしまったのだ。
ただ、今思えば怪我の功名とでもいうか、
苦しいながらも結構楽しい思い出も作った。
それは、を借りて近郊の村の温泉に行ったことだ。

続く。


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ティンシャ

はじめまして!本日のブログ担当は私店員オカヤンです。
マニマニに勤めているくらいなので、私オカヤンもチベット好きです。
お店にチベットがお好きなお客様が来て下さって、色いろお話出来る時が「働いていて良かった!」と思える時ですね。
えっ?、それ以外にも色いろ遣り甲斐は感じてますよ、店長!(汗)

実はチベット好きでも、仏教には殆んど無知な私。
「法具」なるものに親しく(?)接したのはマニマニで働くようになってからです。
マニ車だけは知っていましたけれどね。
(ポカラでチベット人のおばちゃんから買いました。
赤子のガラガラみたいで可愛いですよね)

ドルジェ、プルパ、カルタリ、ティンシャ、ガンダーetc、、、
何のことだか、何に使うんだか、何を意味するんだか..
今は見分けもつくし、用法もなんとなく判りますよ。
(それでも、何となくか・・・)

煩悩や魔を打ち砕く、智恵や慈悲を現す・・・
法具に関わらず、仏教は教えを具象化するんですね。
曼荼羅も仏の教えを高度にデザイン化したものなのは
おぼろげに判ってきました。
仏教というのは、はかり知れない深さを持った教えなんですね。

毎回、店に立つ度に法具に接していると、
あ~ら不思議、それらが身近に感じられ欲しくなってしまうのです。
今まで存在さえ知らなかったくせに。

煩悩を滅却するどころか、物欲の虜となり
社員割引制度などもあってついつい購入してしまう私。
とりあえず、ティンシャを購入いたしました。
ティンシャ


両手で皮ひもを持ち、端と端を打ち鳴らせば
ティィィィィィィィィィィ・・・・ンンン
と、澄んだ良き音がします。
濁った私の心も洗われるような音です。

初めて家で鳴らした時に、我家のデブ可愛い猫も、
その清らかな音にいたく驚いて、否、感動していた様子です。
清らかな鐘の音には、精神統一や心を静める作用もあるのですね。

ストレス社会、時に鐘を鳴らし心穏やかに過ごしてみたいものです。

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チベットでヒッチハイク旅行

この春は散々お天気に振り回されたけど、今日はやっと
五月晴れと呼ぶにふさわしい青空が見れた。

こんな日はやっぱり思いはチベットに飛んでしまうな~。
私が初めて彼の地に足を踏み入れたのも5月だったから・・・・
見たこともないような色の空でした。

当時(94年)はネパールから個人旅行者も陸路で国境を越えられた。
中国のビザさえ取得していれば地続きにチベットに行けるのだ。
お金をかけずに行きたい人にはうれしい話。

居心地のよいネパールにだらだらと長滞在した私は
ついに重い腰を上げ、
いよいよバックパック旅行上級者コースに挑戦
とばかり勇みたって出発。
カトマンズからバスで北へ一日の距離。そこに国境の村がある。

ネパール→チベットという旅のルートは、ベトナム滞在中に
知り合った日本の男性に教えてもらった。
実はチベットがどういう所か全く知らなかったけど、
その人の熱い話し振りから想像して、とにかく素晴らしい所らしいと
分かったので行ってみたくなったのだ。

思い立ったらすぐ動くのは毎度のこと。ところが下調べもろくにせず、
行ってからいろいろと後悔することに・・・・

国境に向かうバスには地元の人と外国人旅行者が半々くらい。
旅行者は不安と興奮の入り混じった顔で、
お互いに情報交換したりしてる。

ネパール最後の村で一夜を過ごし、翌朝出国手続き。
ネパール最後の宿(キッチン)



中国側のイミグレまでの移動もバスになるが、
かなりスリリングな山道を蛇行しながら進む。
イメージしていたのとはだいぶ違う。
てっきり境界線か何かあって、ヨイショっとばかりに
跨いで越えるものと思っていたから。。。

後に人から聞いた話では、その山道では亡命してきた
チベット人の多くが命を落としているらしい。
土砂崩れの頻発はもちろん、
命からがらヒマラヤを越えてきて安堵したとたん
命尽きる人も少なくなかったとか。
http://www.tsg-kiku.com/eoth/

が、当時そんなチベットの政情や歴史的背景など勉強もせずに
のこのこやってきた私は、ついに念願の地に足を踏み入れた
興奮で舞い上がっていた。

そこから首都ラサまでは、ランドクルーザーなら2日の行程。
週に2便程乗り合いバスもあるらしいが、
次の便がいつなのか定かでない。
はて・・・。

どういういきさつでそうなったか今でははっきり思い出せないが
結局私は、トラックの荷台に乗せてもらって行けるところまで
行ってみることになった。
ホロなんかどっかいっちゃってむき出しのトラックだ。

バックパックと寝袋を抱えて乗り込むと、
すでに乗り込んでる人達がいる。
埃まみれのおばさん達が数人・・・・どこ行くんだろう・・・?
車が動き出してしばらくしたら、それがおばさん達ではなく
お兄さん達であることに、
そしてこの移動手段を選んだことは失敗だったことに気が付く。

みつ編みした長髪をくるくると頭に巻き上げた
チベット男性の伝統的なヘアースタイルを私は知らなかったのだ。
タプシュと呼ばれる赤い房飾りを編みこんでいたので、なおさら女性の髪形に見える。
みつ編みのお兄さん達



でこぼこ道を走るトラックがね上がるたびに、
「 うぉー 」と張り上げる声が野太い。
 ぎょっとしてよく観察すると、まぎれもない男性である。
身振り手振りの会話で分かったことは、国境付近の道路工事をしていて
今日はこれからねぐらに帰るところとか。な~る。。。

それにしても寒い。。。。
そして目が開けられないほどがすごい。
初夏と呼べる季節のはずだけど、風が強くて乾燥している。
真冬の東京より風が冷たい。急いでダウンを着込む。 
横のお兄さん達を見ると、膝の間に顔をうずめたり
自分のみつ編みを顔の前に回してきて目を覆ったりしている。
髪の毛がサングラス代りになるらしい!
(映画<キャラバン>でもそういうシーンありましたね・・・)
旅は道連れ



マニマニで店番してると時々旅の情報を求めて
若者がやってくる。
「これからチベットに行こうと思うのですが・・・」みたいな。
私が行ったのは何年も前なので、あてになる情報はたいして無いのだが
それでも老婆心ながら必ず言ってあげることはただひとつ。
「夏でも寒いから、暖かい格好でね」
あまりにも当たり前すぎる忠告で聞かされるほうも拍子抜けするようだが、
これは私のチベット初めの一歩が身にしみ過ぎたせいのようだ・・・・

続く・・・




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いよいよ書きま~す

ちょっと緊張してますが、意を決して本日より
書き始めます。
まずは、店の紹介などから・・・

自由ヶ丘駅より徒歩2分。
周辺にはエスニック雑貨店が集まり、
そだけちょっと異質なエリア。
ヨーロッパ調に洗練されたお店が多い自由ヶ丘で、
チベット ダライラマ  仏像  みたいなキーワード
かなり浮いちゃってますが、何とかがんばってきました。
おかげ様でもうすぐ10年目に突入です!

開業にこぎつけたいきさつはプロフィールでも触れてますが、
私イワノッチが気ままな一人旅の末
チベットと運命的な出会いをしてしまった為であります。
もう、チベットなしでは生きられないとばかりに
燃え上がり、若さゆえの暴走。
要するに思いつきで始めてしまったのだけど、
今では、引くにひけずという感じで続けております・・・・

ところで
チベットショップって何売ってるの?

仏像、仏画、法具、衣類、アクセサリー、小物、
インテリア雑貨、ラグ・・・・・

今でこそ、15坪の店に隙間もないほどぎっしり
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こまごまと物が埋め尽くしていますが、
最初は店内かなりスカスカでした。

私の認識がまったく甘かった!
チベットって、がない。 
なくてもシンプルに生きている、それがチベット人なんだ。
それに心打たれたはずなのに、チベットの物を集めてお店をやろう。
なんてパラドックス!
創めてしまってから、浅はかな自分を呪ったことも。

でも、丁寧に探してみるとあるある面白いものが!
密教の法具がアクセサリーになったものや
寺院でお祭りのときに使うお面。
ヒマラヤの水晶、天然石のジュエリー、ドアに掛ける刺繍のカーテン、
トラのチベタンラグ・・・・・
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どれもほとんどが仏教的な意味があって、ありがたい感じ。
チベット人は生活の中心に宗教(ほとんどが仏教徒)があるもんね。

そして10年の間あれこれとかき集めた
小物雑貨やシルバージュエリー
05b.jpg

ネパールやインドの衣類などにも
商材を広げ、楽しくも怪しげな空間でお客様をお迎えしてます。
ご興味がおありの方は是非自由が丘のマニマニへお運びくださいませ。

というわけで、これからこの場を借りて
イワノッチ&スタッフ数名で思いつくこと
語りたいことを書きなぐって行きますので
よろしくお願い申し上げます。

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