FC2ブログ

チベットショップ奮闘記

自由ヶ丘でチベットに関するグッズを売るお店マニマニを経営する店長とスタッフ達の奮闘記。 日々の出来事、お店の最新情報、旅のエピソード、 チベット周辺に関わる情報交換などなど

トレッキング編8

不安的中。
ベースキャンプに着いて一軒目の宿はすでに満杯で、
チョンサンの姿も見えない。
次に向かってみる。

するとなんとも深刻な顔をしたチョンサンが私を出迎えた。
ここも満員だが、残りの一軒もどうせ同じ状況だろうから
ここで何とかしようと。

中に入ると、宿のスタッフとガイド達が
なにやら激しく言い争っている。
争い事の内容はおおよそ察しがつこうというもの。
皆ガイドの面子にかけて、自分のお客に
「ベッドが確保できませんでした」
とは言えないのだろう。何とかしようと必死だ。

ところが我らがチョンサンはといえば、
参戦することもできずにぽつねんとしていたのだ。

無理もない。
ここにはガイドとポーターの身分の違いが
歴然としてあるし、
朴訥としたチョンサンが口八丁のガイド達に
かなうはずがないのだ。

staff


とりあえず私は、自分達4人も今日ここに泊まりたい
という意思表示だけ示して、
あとはロッジを管理するスタッフ達の采配に任せることにした。
まさか雪の中放り出されることもあるまい・・・・

すったもんだの末、キッチンの床、廊下とあらゆるスペースに
芋虫のように転がって、どうにか全員が寝れた。
窮屈だったが程なく泥のような眠りに落ちる・・・・


朝起きてみると小屋の中には薪を焚く芳ばしい香りが充満している。
山に入ってからもう幾度となくかいだこの匂いに
家族の香りのような親しみと愛情を覚える。

不自然な体勢で一夜を持ちこたえた体が軋むが、
目覚めのチャイを求めてブーツをつっかける。


   ************

ここからはあと数時間の行程。
目的地アンナプルナベースキャンプはすぐそこなのだ。

だが高度も4000mを越えようという地点。
一歩一歩がさらに重くなる。
斜面はなだらかに見えるが、前進している実感がない。

yama.jpg


五歩歩いては30秒ほど呼吸を整える。
これを何度繰り返したことか。

ゴールであるベースキャンプの小屋らしきものが
空と斜面の間から見えたときはこみ上げてくるものがあったが、

(まだまだ・・・着いてから・・・)

と、感傷を抑えにもう一人の自分が指令を出す。
感動に咽ぶのはこの足があそこを踏んでからだ!


  ***************

山から下りた私達は、ポカラのレイクサイドのレストランで再会した。
イギリス人姉妹と、ロジャー達一行が顔をそろえている。

全員無事に目的を達成したことを喜び合い、別れを惜しんだ。
この後はまたそれぞれの旅に戻るのだ。

少し感傷的になったのは、やはり共にヒマラヤの懐に抱かれた感動を
分かち合ったからだと思う。

姉妹達より一足早くゴールを踏んだ私は、目の前の
アンナプルナI峰を見上げて言葉を失っていた。
ただただ圧倒されて、呼吸も忘れる程なのだ。
アンナプルナ内院に深く入り込んだ自分をぐるりと360度
山が取り囲むそのスペクタクルに見る間に涙が盛り上がってくる。

しばらくしてゴールしてきた姉妹たちも言葉にならない感動と興奮を
どう処理していいか困ってるような様子だった。
ここまで来てよかったねと、互いに肩を抱き合った。

goal.jpg


誰かがサービスで色をちょっと足したんじゃないかと思うくらい
真っ青な空は目に痛いほどだった。
遥か太古は海の底だったというヒマラヤが、その色を空に
映したのじゃないかと私は思っている。

おわり

    **************










スポンサーサイト



PageTop

トレッキング編7

 

< 雪降りの日に浮かれて再開します・・・'94ネパール/トレッキング編 >

いよいよゴールも見えてきた4日目。

標高も3,000メーターを超え、トレックは雪で覆われている。
遥か彼方に見えていたマチャプチャレ峰が目前に迫り、
自分が神々の領域に近付いていることを感じる。

ザクザクと雪を踏みしめる音と
自分の呼吸以外には何も聞こえない。
とにかくやり遂げるのだという思いだけに支配され
一歩、また一歩と歩を進める。

立ち止まって呼吸を整える間隔も
だんだん縮まってくる。
ふと顔を上げると、先ほどまで眼前にあった
マチャプチャレ峰が後方にあることを知る。
いつのまにか通り越していたのだ。

下ばかり向いて歩いていたので気付かなかったが、
振り返ると、自分の歩いてきた斜面を覆うように
雲が流れてゆく。

kumo


<今私は雲の上にいるのだ!>

もう感動と興奮で絶叫したくなる。

だが、目指すは今夜のねぐらとなる
マチャプチャレベースキャンプ。
まだここで喜んでいる場合ではない。

少しでも早く到着してロッジのベッドを押さえないと。
トレッキングの終着点はロッジが少なく、
込み合うことは必定なのだ。

coke


チョンサンが先に行ってるとはいえ、
まかせっきりでは不安だ。

そして、姉妹達はまだ遥か後方から
ゆっくり登ってくるのだが、
薄暗くなってきた空模様を仰ぐと
そちらも心配になってきた。

PageTop

トレッキング編6 ~ ザ・サイクリスト ロジャー ~

歩くにつれ、他のトレッカー達の顔ぶれにも
だんだんと馴染んでくる。

狭い山道を互いに前後しながら
大体同じようなペースで登ってるので、

<あ、夕べのロッジで一緒だった人たちだ> とか、
<昨日もうちらの前歩いてたよな~>
という具合に顔見知りができてくる。

yama13.jpg



そのなかにイギリス人の男性3人組がいて、
私たちとは初日の歩き始めから互いに見知っていた。

一人旅同士が意気投合して、
トレッキングを共にすることになったとか。

初めは、大の男が私たちと同じような
ペースで歩いているのを不審に思ったのだが、
しばらくしてあることに気が付いた。
その中のロジャーという青年が足に障がいがあり、
歩くのがかなりゆっくりなのだ。

他の二人はマイペースで歩き、
ちょっと先の茶屋で地元の子供をからかったり、
写真を撮ったりしながら
ロジャーが追いつくのを待つということを
繰り返している。

その光景はあまりにさりげなく自然で、
爽やかだった。

yama12.jpg



ただにぎやかな若者達だと思っていたのだが、
そうと知ってからは急に好感度UP。

ところが彼らと話をしてみてさらに驚いたのだが、
ロジャーはイギリスから自分の自転車を持参して
旅行していたのだ。

インドを半分くらい周り終えてネパールに入り
トレッキングを終えた後は残りのインド半周を
周る予定だと。。。。自転車で。。。。

もー、あいた口が塞がらなかった。
だから真っ黒に日焼けしてたんだー。
(あんぐり)

ところが、彼の旅はそれだけに留まらなかった。

yama14.jpg



 ************

私はこのトレッキングを終えたら
陸路でチベットに行く予定だと彼に話した。
そのための中国ビザも取得してきたのだと。

すると彼はかなり興奮して、
自分も自転車でチベットを目指したいと言い出す。

予定通り残りのインドを周って、デリーで中国ビザを取得して来ると。

ビザさえあれば可能だろうが、
ヒマラヤを自転車で越えてゆくなんて~~~~~。

私は止めようとしたが、彼は自信たっぷりの笑顔で
<何とかなるよ>などと言っていた。

結局かれは数ヵ月後その超人的な計画を遂行した。

何故私がそれを知りえたかというと、
彼とばったり再会したのだ、
チベットの街道沿いの小さな食堂で。

私はネパールに戻る帰り道。
彼はラサに向かう途中。
なんという奇遇。 
互いの無事と再会を喜びあい、
ビールで乾杯した。

あ~~~~、超人ロジャー。
今日も地球のどこかを走ってるのか~~~~。

yama11.jpg



*****************








PageTop

トレッキング編5 ~ バスタオル ~

歩き出して二日目の夜。
宿泊したのはチョモロン村。
このルートでは電気の通ってる最後の村だ。
そしてガイドブックによると、
ホットシャワーの浴びれる最後の村でもある。

もっとも、トレッカーのチェックインが集中する夕方は
シャワーも込み合って、ソーラーパワー頼りの
シャワーはちっともホットじゃない。
まあ、そんなことは予想の範囲内。

それよりも私を驚かせたのは
英国姉妹の荷物の多さだ。

彼女達自身も、背負ってきた荷物が
自分達の体力に不相応な大きさであることに
気がつき始めたようだ。

高度が上がるにつれて、酸素が薄くなり
ちょっとしたことが地上で体験する何倍もの
負担になるのは当然なのだが。。。。

yama8.jpg


yama9.jpg



夕食前シャワーを終えた彼女達が
優雅に髪をふきながらダイニングルームに入ってきたのだが、
それはまるで高級ホテルに備え付けられてるような
立派なバスタオルだった。

「何、それわざわざ持ってきたの!?」

「ええ、ちょっと大きすぎたかしら・・・・」

もちろん一人一枚ずつ持ってる。

その割には着替えは持ってないようで、
湯上り後も例のワンピース姿だ。
なんかバランス悪い・・・・・

 *************

夕食の席がちょっとしたミーティングになった。

二人は、コースが予想以上にきつく
このまま目的地まで歩く自信がないと言い出す。

そしてこの村ではポーターを雇い入れることが
できるらしいと・・・・

確かにあの荷物の量では無理だろうなと私も感じてた。
それじゃあと宿のスタッフに口をきいてもらうことに。

しばらく待つと一人の青年がやって来る。
背は小柄だが、がっしりした体躯の
丈夫そうな若者だ。
そして無口なところがいかにも山の民といった印象。

ガイドに関してはルックスにこだわった姉妹達も
今回はすんなり実を取ったようだ。

「 ヨロシクお願いね 」

と握手を求め、チョンサンという名の
おどおどした青年の手を握った。


yama10.jpg



  ***********

PageTop

トレッキング編4  ~ 山小屋のメニュー ~

ヒマラヤトレッキングは、山間の村々に宿泊しながら登ってゆく。
家族経営の茶屋やロッジが点々とあるので
その日の気分や体調に合わせていつでも気軽に宿をとれるのが助かる。
30分から一時間歩けば必ず茶屋の一軒はあるのだ。


どこも宿泊料はただ同然なので、食事でお金を落とすのが基本。
メニューも似たり寄ったりだが、料理のセンスはかなりの格差がある。
なので、食事の美味しいところは自然と口コミで広がる。
予約なんてシステムはないので早い者勝ち。

img485.jpg



一日がんばって歩いた自分に何よりのご褒美は
冷たいビールと美味しい夕食。
もっとも冷蔵庫のない山のロッジではビールも室温。
 
でも、夕焼けに染まるヒマラヤを目の前に
焼きたてのピザをほおばるのは至福の時。。。。

yama7.jpg



ただ、いうまでもなく、初めて泊まる宿で
ピザなんか注文するのはそうとうなギャンブルで、
たいがいは焼きそばやチャーハンなどの安全策でゆく。
インスタントラーメンも手堅いが、これは昼食に
よく食べるので、夜はなるべく避ける。

地元の人はネパールの定番食ダルバート(*1)を
必ず毎日食べる。
これは山の人々に限らずどこでもそうなのだが、
よく飽きないなーと不思議に思っていた。

だけどこの時は私はまだまだダルバートの
奥深さを知らなかったのだと、今では後悔する。

天然のヒマラヤの雪解け水と薪で炊いたご飯、
採れたて野菜のシンプルなカレーや
家庭でつけた漬物は最高のご馳走なのだ。

そして、このあたりに暮らすタカリー族という山の民族は
ネパール人の間でも、ダルバートを作らせたら
一番うまいといわれる人たちだったのだ。。。
(後で知ってそうとう落ち込んだ私・・・)

yama6.jpg



朝食は何といってもチベタンブレッド!
実際にチベットで食べたものとは大分違って、
ここではこねた小麦粉を平たく延べてから
からっと油で揚げる。
これに蜂蜜をだーっとかけてもらって、
熱いチャイ(*2)とともにいただく。

そうすると体のすみずみまでエネルギーが漲って、
「よーし、今日も歩いちゃうぞー」

と、気合が入る。 

(低血圧なので朝甘いものが欲しいだけ・・・)

yama5.jpg



   ******************

(*1)ダルバート

ご飯、豆のスープ、カレー、漬物が一枚のプレートに供され、
それらをグチャグチャと手で混ぜながらいただく。
ネパール人の食事といえば毎日このスタイルで、
彼らは一日に2食はこれを食べる。

(*2)

チャイはインド語で、ネパール語ではチャという。
ご存知、甘~いミルクティーです。  


PageTop

トレッキング編3~アンナプルナへGO!~

ネパールのトレッキングルートは
山で暮らす人々の生活の道でもある。

そして、国境を越えてゆくキャラバンの
ルートでもあったりするのだ。
つまり公道であるということ。

この国では、山間部の人間は
帰郷するにも大変な時間がかかる。
都市部からバスを乗り継ぎ、
さらに歩いて数日なんていうのはざら。

だからみなさん足の達者なこと!
サンダル履きでずんずん登ってゆく。
飛ぶように、という表現が大げさでない。

img461.jpg



***********

英国姉妹と私の3人はえっちらおっちら、
カタツムリのようなペースで登り始めた。
これでも一応アンナプルナ・ベースキャンプを
4日で目指す予定。
大いに不安。

そもそも彼女達のいでたちが
山歩きをする格好には見えない。

「素適でしょ。おそろいで買ったのよ、昨日」

と、カラフルなノースリーブの
ワンピースを着てきた。
風通しがよさそうだが、寒そうでもある。

img464.jpg




歩き始め、まだ余裕のあるうち二人は
例のガイドの一件を文句たらたらだった。

私には噴出すほどおかしかったのだが、
彼女達は詐欺だと憤慨していた。
 
確かに看板に偽りありだ。
美少年で客を釣っておいて、実際によこしたのは
まあ、十人並みというか・・・

でもトレッキングガイドは
ホストじゃないんだから・・・、ねえ。。。(笑)


だけど程なく二人の口からは文句は出なくなる。
上りがきつくておしゃべりなんかできないのだ。

最初の一日目は特に勾配がきつい。

ちょっと一息ついた村を地図上で確認したら
出発点からほんの数ミリしか離れてない。
比べて、ゴールまでの距離を見るとげんなりだ・・・

img462.jpg



続く

PageTop